「最初は怖かったですよ(苦笑)」 大垣日大・高橋監督が先代の名将・阪口慶三氏との苦楽を語る
高橋正明監督(大垣日大/岐阜/43歳)
明日26日の2回戦で山梨学院(山梨)と対戦するのが大垣日大(岐阜)だ。指揮を執る高橋監督は24年1月、阪口慶三前監督(81)の後を託された。甲子園出場35回、センバツで優勝するなど通算40勝34敗の名将の後を継いだプレッシャーはないか。指揮官を直撃した。
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──監督は熊本出身。有明高(熊本)を経て、岐阜聖徳大に進学し、大垣日大で監督になった経緯は?
「当時、有明高の比屋根吉信監督の教え子の方が、岐阜聖徳大で監督をされていたので、その縁ですね。もともとは岐阜教育大という名称でしたが、名前を変えるに当たって野球部を強化しよう、という流れがありました」
──大学時代は学生コーチもしていた。
「3年生くらいからですかね? まあ、ノックを打ったり、投手の練習メニューを組んだり、マネジャーに近いこともしていました。夏休みは大学の練習も休みになるので、その時期は母校の有明高に戻って練習を手伝っていましたよ」
──夏休みに遊ぶ暇もなかったと。
「あの時は母校もコーチがおらず、監督から『手伝ってくれ』と言われて……。でも、将来は高校野球の指導者になりたいと思っていたので、まったく苦ではありませんでした」
──大学卒業後は大垣日大でコーチ。きっかけは?
「ちょうど、阪口先生が東邦を辞められて、大垣日大に来た時ですね。教員で、バスの運転や寮監をできる人材を探していた。そこで『こういう子がいますよ』と、僕が紹介されました。最初はコーチで、副部長も19年やりました」


















