南海・野村克也監督が「もし森本がいたら…」と述懐、パの歴史を変えた9.23造反事件
10月20日、大阪球場での第1戦。森本は9月24日から無期限謹慎であり、このプレーオフには出場していない。阪急は2点先制しながら二回裏に逆転され、三回裏には島野育夫の二塁打をきっかけにもう1失点。2-4で敗れる。島野の二塁打は、森本の代わりに三塁を守っていたソーレルの拙守によるものだった。
ソーレルは元来二塁手。森本のバント拒否事件の翌日から三塁を守っていたが、守備に難があった。前年の日本シリーズでは慣れない外野を守り、敗因となる失策をしている。西本幸雄監督は、攻撃優先で森本謹慎後からスタメンの起用を続けていたが、プレーオフでは第2戦以降、守備優先で井上修を先発三塁手に起用する。
結局、プレーオフは3勝2敗で南海が制した。後期の対戦は阪急に全敗したこともあって、「死んだふり作戦」とも呼ばれたが、守備も打撃も頼りになり、短期決戦に強い森本の欠場は勝敗に響いたことは確かだ。南海・野村克也監督は、のちに「もし森本がいたら、ここまでうまくいったかどうか」と述懐している。森本の造反事件は、阪急とパ・リーグの歴史を変えてしまったのかもしれない。
(中村素至/ノンフィクションライター)



















