「過度の打撃練習は守備にマイナスになる」 本屋敷錦吾の提言は西本監督の不興を買った
翌75年、ドラフト1位で松下電器から期待の新人・山口高志投手が入団。さらに二塁手のマルカーノ、強肩俊足の外野手ウイリアムスを補強。内外野ともに強固な守備陣を築いた。阪急の第二期黄金時代の始まりである。前期は独走で優勝するが、後期は気の緩みもあってか最下位(こうした弊害は前後期制スタート時から懸念されていた)。プレーオフでは前監督の西本が率いる近鉄を3勝1敗で破り、3年ぶりの優勝を果たす。日本シリーズではセ・リーグ初優勝の広島カープと対戦。4勝2分けで破り、初の日本一に輝いた。森本は広島のエース・外木場義郎からホームランを打ち、.286の成績を残している。
「日本シリーズ初優勝といっても、そんなに感激はなかったよ。やっぱり、これまで散々巨人にやられているからね。『巨人に勝たずして何が日本一だ』という気持ちだった。これは他の選手も同じだったと思うよ」
その巨人は長嶋茂雄監督1年目で、球団史上初の最下位となった。前年の74年は中日が20年ぶりに優勝、この年は広島が初優勝と、セ・リーグは戦国時代に突入する。これによって、巨人戦以外のカードでも観客数が急増することになった。
(中村素至/ノンフィクションライター)



















