数奇な運命に翻弄された老革命家の真実

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「父・伊藤律 ある家族の『戦後』」伊藤淳著 講談社 1800円+税

 昔、付き合っていたガールフレンドがこんなことを話した。

「警察に勤めてるうちのお兄ちゃん、大学生のふりしてミンセイという人とお酒飲んだり遊んだりしてるんだって」

 身内ゆえに油断してつい漏らしてしまったのだろう。彼女の兄は公安警察部門に配属され、日本共産党とその周辺を探るために、身分を隠してスパイ活動を行っていたのだ。警察は、昔も今も、権力のお目付け役である共産党が仮想敵である。

 著者の父、伊藤律は日本共産党最高幹部であり、イケメン、おしゃれ、能弁であることから、共産党のスターといわれた。

 1950年代前半、党が過激な闘争を行うようになると、伊藤は最高幹部の徳田球一、野坂参三とともに中国に逃れる。だが、伊藤は権力側と内通しているスパイであると断罪され、党を除名された。幹部たちが日本に帰国してからも、伊藤だけは中国に幽閉されてしまう。帰国できたのは29年後の1980年秋のことだった。

 父は死亡していたものと思い込んでいた著者たちの元へ――〈夜遅く、私のアパートで待つ母の前にあらわれたのは、なんと野坂本人であった〉。

 野坂名誉議長はなぜかいら立っていた。実は野坂こそが伊藤にスパイの濡れ衣を着せ、幽閉するように指揮し、米国、ソ連と内通していた超弩級のスパイだったことは、その後の歴史が証明している。後に野坂は党を除名され、伊藤スパイ説を普及させた松本清張の名著「日本の黒い霧」の中の「革命を売る男・伊藤律」も、現在は3ページを費やし事実上の訂正である注釈を付けるに至った。

 本書は数奇な運命に翻弄された老革命家とその家族の姿を報告した、歴史的な書である。帰国するも視力をほとんど失った父の手のひらに長男の名「と・お・る」となぞると、父は「徹ちゃん」と叫んだシーンは上質の映画を見るようだ。

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