外務省機密費事件は本当に個人のサギ事件だったのか

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「石つぶて」清武英利著/講談社/2017年7月

 2001年に発覚した外務省の元要人訪問支援室長による内閣官房報償費(いわゆる機密費)詐欺事件に関する優れたノンフィクションだ。

 立件されたのは11億6000万円だが、これは氷山の一角に過ぎないと思う。しかも、この事件の本質は詐欺ではない。外務省幹部へのカネや物品、サービスの供与に対して機密費が用いられ、そのついでに元室長もカネをつまんだという背任の要素が強い横領事件なのだと思う。背任や横領だと、外務省での元室長の権限や、指揮命令系統に捜査のメスが入り、局長以上の外務省幹部が連座するリスクがあった。警察もその点を考慮して元室長の個人犯罪となる詐欺事件として立件したのだ。

 捜査の現場責任者であった萩生田優氏の回想からもそのことがうかがわれる。

<原資不明金に関する捜査資料には、松尾がもらったカネのうち数百万円を各国の日本大使館に渡していた、という記載がある。ホテル代とは別に、不透明な支度金や現地の大使館への心付けといった費用が含まれていた。大使館もまた、説明のつかない流用のおこぼれに与っていた疑いがあった。それでも、松尾の個人犯罪以外の事実をあからさまにするのは好ましくないという判断が働いていたという。/これに対し、萩生田は自分の捜査指揮にこそ問題があったと言う。/「あれはやっぱり私の考え違いで、松尾の事件を何とか成功させようという小っちゃい気持ちを持っちゃったから、外務省の本当の幹部にまで伸ばせなかった。外務省の局長クラスの捜査をしたことがばれたら、松尾事件の被害者である官邸や外務省が揺れてしまうから手を付けなかった。本当は松尾一人やるよりも外務省の高官をやりたかった」>

 この事件によって、外務省は国民の不信を招くことになった。さらに田中真紀子外相が自己の権力基盤を拡大するために機密費詐欺事件を最大限に活用した。外務省は、組織防衛のために鈴木宗男氏に接近した。このときの外務省と鈴木氏の関係が国民に不信感を与え、翌02年の鈴木宗男疑惑になり、評者も逮捕されることになった。機密費詐欺事件がなければ宗男事件も起きなかったであろう。 ★★★(選者・佐藤優)

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