「正解」ではないがこれは政策論争の土台となる

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「タダより高いものはない」上念司著/イースト新書

 ちょっとひねったタイトルだが、本書の内容は、著者の経済政策論だ。しかも、国民生活と密接にかかわる部分に限定されているので、関心を持たない人はいないだろう。

 著者の特長は、きちんとデータや文献を明示して、論理的に記述することだ。世間の常識と違ったことを言うのだから、それは必須の条件だろう。

 例えば、著者は日本の財政は、実質的に無借金だと主張する。その根拠は、本書のなかでも詳しく記されているが、私もその見方は正しいと思う。それだけでなく、本書で著者が採っている事実認識は、すべてに違和感を覚えない。論拠がしっかりしているからだ。しかし、そのことと、著者の政策論が正しいと思うかどうかは、別問題だ。

 例えば、著者は日本郵政が豪州の物流会社を買収して巨額の損失を出したことを受けて、中途半端な民営化がこうした事態を招いたと批判する。だから、株式をすべて売却して、完全民営化すべきだと主張する。そうすれば、株主の厳しい監視の下で、経営が行われるからだというのだ。

 郵政民営化が中途半端なのは事実だが、私は、株主に経営を監視する能力はないと思っているので、むしろ郵政3事業を統合して、郵政公社に戻したほうがよいと思う。

 年金積立金の運用に関しても、著者は、GPIFの株式運用をやめようと主張している。金融の専門家らしき人が特定の株式を選んで買っているが、未来がみえる人はいないので、いずれ大損をするのが目に見えている。日本には物価連動国債という素晴らしい商品があるのだから、金融の専門家をクビにして、物価連動国債で全額運用すればよいというのだ。確かにそれもひとつの考え方だ。ただ、私はもうひとつの方法もあると思う。それは、ヘッジファンドに委託して、タックスヘイブンで稼ぐのだ。むろん、そこでの資金は、相当あやしいことに使われるのだが、いまや高利回りを取ろうとしたら、それしか方法がないし、米国の年金やノーベル財団もやっていることなのだ。このように、著者の政策論は、絶対的な正解とは言えないが、事実認識がしっかりしているので、政策論争の土台として、とても有用な本だと思う。

★★半(選者・森永卓郎)


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