「幻の黒船カレーを追え」水野仁輔氏

公開日: 更新日:

「カレーはインドから日本に伝わったと思っている人が多いでしょうが、実は、インドカレーが日本に伝わったのは90年前。さらに、60年さかのぼる150年前、文明開化の時代にイギリス経由でやってきたのが日本カレーのルーツだというのが、カレー界の常識なんですね。サラサラの本格インドカレーとは違うとろみのあるタイプで、ブリティッシュカレー、あるいは黒船カレーと呼ばれています」

 それは一体どんな味なのか? 本書はカレー研究家で“カレー番長”の異名を持つ著者が、その幻の黒船カレーのルーツを追った記録である。

「とにかく、食べてみたい。それならサッサとイギリスに行けばいいんですが、当時、僕はサラリーマンで妻子もいるので、長期間は休めません。そこで、まず黒船がやってきたのは港だからと、日本の港10カ所を訪ねました」

 週末や休暇を使い、長崎、函館、新潟、横浜、神戸、横須賀、舞鶴、佐世保などの西洋料理店や博物館に足を運ぶが、著者の経験を持ってしても、手がかりはつかめない。

「やっぱりイギリスに行くしかない」と、なんと20年勤めた広告代理店を辞め、家族を残してイギリスに渡った。

「ロンドンには、首を長くして僕のことを待っている黒船カレーがいる! 早く会いに行かなきゃ! という気分でした。本になるなんて何も決まってないし渡航費も自費ですが、ワクワクする冒険でした。ロンドン滞在中は、知り合いに会っては、パブやレストランでカレーを探しまくる日々。知らない土地では誰かを頼らないといけないし、そこで誰かに助けられる。海外に行くのはもともと好きなんです」

 同じ欧州ということで、独仏にも足を延ばす。フランスでは、カレー粉に近いミックススパイス「カリ・ゴス」を入手し、ベルリンでは、屋台で人気の「カリー・ヴルスト」に遭遇。ソーセージにケチャップとカレー粉がかかっていて、今ではドイツの国民食だという。

「大英図書館にも通い、一番古いというミセス・ピートンのレシピが、読者の投稿だと発見したのはうれしかったですね。実際にカレーが作られ、食べられていた証拠ですから。さっそく、そのレシピで作ってみました。僕は18年前にイベントの出張料理人としてカレーの活動を始めたので、基本的に作るのが好きなんです。レシピを見れば味も想像がつくし、行間にある料理テクニックも読み込めます」

 しかし、肝心の黒船カレーには会えず、帰国後は再就職、再びサラリーマン生活が始まった。そんなある日、ロンドンで世話になった友人からの連絡に著者は唖然とする。それは、ブリティッシュはイングランドだけではないという当たり前の事実だった。

「友人には、関西で納豆のルーツを探すくらい的外れなことをしていた、と言われました」と苦笑い。そして、再び旅に出る。

「なんと、アイルランドのダブリンに向かうフェリーの食堂に、日本風のカレーがあったんですよ。小学校の給食で食べたような味で、特においしいというわけではありませんでした。もともと、サンデーローストという日曜の夕食で肉の塊を料理する風習があり、残り肉で作ったのがブリティッシュカレー。メインのごちそうではなかったんですね。それを明治時代から西洋料理店の料理人たちがおいしいカレーに進化させた。改めて日本のカレーはすごいと感動しました」

 帰国後、著者は再び会社を辞めた。カレーの道を究めるためだ。

「カナダやオーストラリア、中南米のカレー文化も調べたいです。そして、日本のカレー、ここにあり!と世界に発信していきたいですね」

 (小学館 1500円+税)

▽みずの・じんすけ 1974年、静岡県生まれ。研究家、AIR SPICE代表。99年出張料理集団「東京カリ~番長」結成。調理師免許を取得し、40冊以上のカレー本を出版。ほぼ日刊イトイ新聞「カレーの学校」で授業を行うほか、テレビ出演も。近著「カレーライス進化論」「いちばんおいしい家カレーをつくる」など。

【連載】著者インタビュー

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    阪神・藤川監督に「裸の王様」の懸念 選手&スタッフを驚愕させた「コーチいびり」

  2. 2

    巨人はCSファーストSで敗退濃厚…今季DeNAと13勝12敗“ほぼ互角”に潜む落とし穴

  3. 3

    “引退説”の巨人・坂本勇人は来季も現役続行か…「特に二塁打記録更新には強い意欲」の証言

  4. 4

    簗農相「予算カット」恫喝発言が飛び火! 信じられない国交省調査で井林大臣は“火ダルマ”必至

  5. 5

    阪神が佐藤輝明のメジャー流出に備え“金満補強”か…吉田正尚、元MVPゴールドシュミットら浮上

  1. 6

    久保建英は所属クラブでの評価いまひとつ…人気俳優・福原遥との電撃婚でひと皮むけるのか

  2. 7

    『トゥ・オブ・アス』冷め切った関係で美しくハモる二度と共に歌えない2人の業

  3. 8

    壇蜜フルヌード「手取り33万円」の衝撃…芸能界“安すぎ”ギャラの相場と現在値

  4. 9

    (1)内閣改造をめぐる暗闘、そして保身…玉虫色の決着

  5. 10

    巨人2年連続V逸で再び始まる“見境なしの大補強”…床田、坂倉、吉田正尚に小園海斗まで照準