「似合わない服」山口ミルコ氏

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「治療中ってすごく忙しいんです。手術にはじまり、放射線、投薬などスケジュールが決まっていて、目の前のことを次々とこなしていく感じ。自分が変わってしまうことの怖さもあったし、当時は、ゆっくり考える時間もありませんでした」

 前著「毛のない生活」で自身のがん闘病の日々をつづった著者。本書はがんを克服したあとの日々と、その中で考えたことを編んだ“闘病後記”である。しかし、ほかのがん関連本と違うのは、著者が編集者的探究心をもって、自分自身とがんを取り巻く世界を見つめている点だ。

 著者のがんが発覚したのは今から8年前、15年勤めた出版社を退職した直後のことだった。当時は自分を責めてばかりいたという。

「多くのがん患者さんがそうだと思いますが、私もどうしてこうなったのか、何が悪かったのかとずっと犯人捜しをしていました。思い起こせば編集者時代は外食率100%でしたし、ストレスもあった。バランスを欠いたお金と時間の使い方が自分自身を追い込んだのではないかと思ったんですね。それで肉食をやめ、自分の体力とリンクして自然と浪費や社交がなくなり、東京も離れ、がんを克服したのに、それでも何かしっくりこなかったんです」

 自分を襲ったがんとは一体、何なのか。著者はがんの正体、がんが再発しない生き方を探して国内外の文献を読み漁り、やがて自分が生きた時代を検証しはじめる。

 バブル期に社会に出て、いや応なく時代の洗礼を受け、まともな人なら選ばないであろうド派手なワンピースを着ていた。あの頃は似合うと思っていたけれど、似合っていなかったのではないか。いや、六本木に暮らし、わずか3・5キロの距離を車で通勤したりした生活のすべてが実は自分に“似合わない服”だったと著者は思い至る。

「がんを『間違った型紙でセーターを編む』と表現したイギリス人研究者がいるんですが、がんって似合わない服の象徴のようだと思いますね。望んでいないのに、ものすごい速さで勝手に体内で編み物が進められ、気が付いたら異常な細胞が美しい網目で編み込まれて、どうステキでしょう? と体にまとわりついている感じ。キャンセルは不可、出来上がったらいったんはそれを着ないといけないんです。私は長い間、さまざまな似合わない服を着続けて、体が悲鳴を上げたんですね」

 がんという「似合わない服」は著者個人に起こった一例ではあるが、俯瞰してみれば「似合わない服」とは、バブルや資本主義そのものではなかったか、と著者は言う。

「これががんの正体であり、犯人は私のみではなかった、と(笑い)。すぐ答えがわかること、すぐに成長すること、すぐに手に入ること。それらは私たちにはキラキラした服に見えたんですね。楽しんだし、恩恵も受けたけど、即効や高速は日本人のサイズには合わず、くたびれさせた。それは、いま多くの人が指摘している脱・原発への模索にも似ていると思います。私の体は放射線治療を受けた部位だけ、汗をかかないんです。原発は恩恵ももたらしたけど、事故後は汗をかかない皮膚のような土地があるわけです。一見無関係に見えるけど、地球と人はつながっているんだ、と身をもって知りました」

 著者は高度成長期もバブルも否定しているわけではない。似合わない服は一時の似合う服であり、避けられなかったものだからだ。

「これまで当然と思っていたことが当然でないかもしれない、と思ってみることが大事ではと思います。そのなかで迷ったら、最後は身体感覚を信じて、心地よいほうを選択していくことをお勧めしたいですね」 (ミシマ社 1500円+税)

▽やまぐち・みるこ 1965年生まれ。出版社で数々のベストセラーを世に送り出した末、09年退職。闘病を機に執筆を開始。著書に「毛のない生活」「毛の力」など。

【連載】著者インタビュー

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