魅力再発見の面白さ 「大人の恐竜図鑑」北村雄一氏に聞く

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「僕が子どもの頃に見たティラノサウルスの絵は、ゴジラみたいに上半身を起こした姿勢で、尻尾を引きずっていました。今でも恐竜映画では、するどい牙をむき出してハァハァと息を吐き、全身を上下させていますよね。でも、最新の研究で妥当とされるティラノサウルスの姿は、背中は水平で、上半身と尻尾でバランスをとって歩く。走ることはできず、体には羽毛をもち、通常、歯は唇の内側に隠れている――と、だいぶ迫力に欠ける感じ。『自分の知っているティラノと違う!』とショックを受ける人も少なくないでしょうね」

 本書は、長年にわたって恐竜の絵を描いてきたサイエンスイラストレーターが、最新の研究成果から恐竜の世界の新たな魅力にスポットを当てたものだ。

「ゾウやキリンなどの大型哺乳類と比較してみれば、恐竜映画的な復元が間違っていることは明らかです。常に牙がむき出しでは唾液が体外に出過ぎて脱水に陥るし、人間だったら、あの上下運動は常にスクワットしている感じ。すごい運動量です。普通しませんよね(笑い)」

 ジュラ紀の巨大恐竜ブラキオサウルスは60年代までは水中生活だとされたが、今では陸上生活とされている。

 これはブラキオサウルスが植物を食べると判明したからで、似た体形のキリンやゾウは陸上生活。水中生活ならカバのように脚が短いはず、というわけだ。こうした新発見が本書には多数紹介されている。

 15年ほど前、国立科学博物館でアルバイトをしていたときに印象的なことがあったという。

「巨大恐竜アパトサウルスの骨格標本について、解体・組み立て作業展示の解説を担当していたんです。幼児や小学生は最初だけ展示にかじりつくものの、すぐ『これ知ってる!』と、もっと迫力ある展示のほうへ移ってしまうんですね。ところが、金曜の夜には状況が一変。同館は金曜は20時まで開館していて、上野という土地柄かホストやホステスの同伴デートらしきカップルが多く訪れたんです。で、彼ら大人は『すげぇ。これ、どうなってるの?』と興味津々。あれやこれやと質問してきて、驚きました」

 子どものように、迫力ある格好いい恐竜の姿が見たいという気持ちを、著者は否定するわけではない。

「恐竜映画は、言ってみれば歌舞伎と同じです。あれを見て『恐竜ってこんな感じなんだ!』というのは、歌舞伎を見て『日本人はこんな生活をしているんだ!』と思い込むのと同じ。面白いし格好いいですが、現実じゃない」

 本書によれば、ティラノサウルスは1日に最大2キロも体重が増えたとされる。ゆえにケガも多く、30年という短い寿命を燃やし尽くすように生きた。

 こうしたリアルな数字から、新たな恐竜像が描かれる。他にも、トリケラトプスは一夫一婦制らしい、プテラノドンの上半身は筋骨隆々、といった恐竜たちの意外な姿が盛りだくさんだ。

 上野で骨格標本に興奮したカップルたちのように、大人だからこそ見える「現実目線」の面白さがある。年齢を重ねた初恋の人の魅力を再発見するように、本書で恐竜と「再会」するのもオツだろう。(筑摩書房 860円+税)

▽きたむら・ゆういち 1969年、長野県生まれ。日本大学農獣医学部卒業。サイエンスライター兼イラストレーター。主なテーマは系統学、進化、深海、恐竜など。「ダーウィン『種の起源』を読む」で科学ジャーナリスト大賞受賞。近著に「生きた化石」「深海生物の『なぜそうなった?』がわかる本」など。

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