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「グッバイ、レニングラード」小林文乃氏

 ソ連崩壊直前の1991年7月、当時10歳だった著者は、テレビ局が応募した「こども特派員」としてモスクワにいた。

「私にソ連行きを勧めたのは、かつて学生運動に身を投じ、ソ連に憧れを抱いていた父でした。父が、『俺はソ連に行きたかったけど、行く機会がなかった。これに受かればタダで行けるらしい。おまえは作文が得意だから応募してみろよ』と言ったのがきっかけでした」

 同年8月19日、「8月クーデター」が起こる。未遂に終わったものの連邦解体に向けての動きは加速、同年12月25日、約70年続いた世界初の社会主義国が消滅。著者はその激動のさなかにいたのだ。

 それから四半世紀、2016年11月、著者は再度モスクワを訪れた。本書は、幼い自分の目の前から忽然と消えてしまった“ソ連”という国の幻影を探し求めた旅の記録である。

「小さいながらも、両親のソ連という国に対する特別な思いは感じていました。母も父と同じく学生運動に関わっていたらしいのですが、両親は私に学生運動の話はほとんどしたことがありません。ただ、昔の仲間が家に来てお酒を飲んでいるときに私が呼ばれて、『こいつ、ソ連に行ったことがあるんだよ。ちょっと話してやれよ』と言われることがよくありました。なんでソ連の話がこんなにうけるんだろう、この人たちにとってソ連という国は特別なんじゃないかという思いが芽生え、そこから徐々に自分の体験した旅の意味を考えるようになりました」

 本書には、4つのストーリーが織り込まれている。1つは、ショスタコービッチ作曲「交響曲第7番」の「レニングラード」(現サンクトペテルブルク)初演をめぐるドキュメンタリー。

 次に、著者が10歳のときに体験した崩壊直前のソ連の実像。3つ目がソ連の設立から崩壊に至る歴史。そして最後が、著者自身の家族の物語だ。

「私の両親も、最初は高い理想を掲げて学生運動を始めたのだと思いますが、その理想がだんだんとゆがんでいって、最終的にはあさま山荘事件に行き着いた。ソ連という国もまた、それこそショスタコービッチ少年がフィンランド駅で大勢の労働者と共にレーニンの帰還を迎え理想に燃えていたときから、スターリンの登場によって革命の形がゆがめられ、やがて自壊してしまうわけですね。そうした家族の歴史とソ連の歴史が私の中でリンクし、両親に対する微妙な違和感は、そのままソ連という国に対する違和感にもつながるように思えてなりません」

「交響曲第7番」、またの名の「レニングラード」の曲にはソ連という国のすべてが詰まっており、「7番」を追っていけば、ソ連という国が何だったのかにたどり着くのではないか、と著者は言う。

「この旅を通して確かな答えを得られたというところまではいきませんでしたが、幻影のようなものは掴めたと思います。ソ連とは何だったのかという25年間抱いてきた疑問の、ある種の決着というか、あとがきで書いたように『成仏』させることはできたと思います。つまり、死んだという噂は聞いていたけれど、自分の目では確かめていないので、まだ生きているんじゃないか、と思い続けてきました。それが今回ロシアを訪ね、いい意味でも悪い意味でも変わってしまったソ連=ロシアを体感してみて、やはりあの国はもうどこにもないんだと納得できた気がします」

 わずか10歳でコルホーズにホームステイするという希有な体験をした著者のロシア革命の夢と現実を四半世紀をかけて描いた渾身のノンフィクションである。 (文藝春秋 1700円)

▽こばやし・あやの 1980年生まれ。ライター・出版プロデューサー。2004年、広島の牧師・谷本清の長女、近藤紘子氏の著書「ヒロシマ、60年の記憶」のプロデュース・構成を担当し、話題に。以降、多くの書籍の出版・編集に携わる。17年、BSフジのドキュメンタリー番組「レニングラード 女神が奏でた交響曲」の企画・プロデュース・リポーターを務めた。冴木彩乃の別名でテレビ出演も行う。

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