「尾畠春夫 魂の生き方」尾畠春夫著

公開日: 更新日:

 今年8月、山口県周防大島で2歳の男の子が行方不明になり、3日後に無事に見つけ出された。見つけたのは、大分県から軽トラックに乗ってやって来たボランティア、尾畠春夫さんだった。

 その後、尾畠さんは大いに注目を浴びたが、ご本人はいつもと同じように人助けをしただけだった。東日本大震災、熊本地震、九州北部豪雨などの被災地にも尾畠さんの姿があった。「自己責任」「自己完結」をボランティアの原則と心得、対価、物品、飲食は受け取らない。この筋金入りのボランティア魂はどこから来ているのか。ロングインタビューに答えて、尾畠さんが全力疾走の半生を語った。

 昭和14年、大分県の国東半島生まれ。7人きょうだいの三男で、父は下駄の製造販売をしていた。小学5年のとき、村の農家に奉公に出された。農作業に追われ、中学へはほとんど通えなかった。卒業後、別府の魚屋に3年間奉公し、次に下関の唐戸市場で働いた。25歳で上京、とび職やミキサー車の運転手をして稼ぎ、魚屋の開店資金を貯めた。29歳、大分で魚春開店。妻と二人三脚の頑張りをお天道様が見守ってくれたのか、店は順調だった。

 65歳で店を閉め、第二の人生が始まった。少しのんびりしようなどとは考えず、店を閉めた直後、新潟県中越地震のボランティアに駆けつけた。たった1人で由布岳の登山道整備も始めた。魚の命をいただき、世間さまのおかげで商売を続けてこられた。ありがたい。なんらかの形でお返ししたい。そんな思いから始めたボランティアを、79歳の現在も続けている。NPOなどの組織には属さず、いつも単独行動。年金でつましい生活をしながら、体と知恵を使って、できることをする。

 農業、魚屋、工事現場の肉体労働を通して培った体力と知恵は、災害の現場でその真価を発揮する。体が動かなくなってボランティアが難しくなったら、定時制高校に通うのが夢だという。めげずに、折れずに、いつも明るく前を向いている。すごい人がいるものだ。

(南々社 1200円+税)

【連載】人間が面白い

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    横浜とのFA交渉で引っ掛かった森祇晶監督の冷淡 落合博満さんは非通知着信で「探り」を入れてきた

  2. 2

    複雑なコードとリズムを世に広めた編曲 松任谷正隆の偉業

  3. 3

    中学受験で慶応普通部に進んだ石坂浩二も圧倒された「幼稚舎」組の生意気さ 大学時代に石井ふく子の目にとまる

  4. 4

    ドジャース内野手ベッツのWBC不参加は大谷翔平、佐々木朗希、山本由伸のレギュラーシーズンに追い風

  5. 5

    「年賀状じまい」宣言は失礼になる? SNS《正月早々、気分が悪い》の心理と伝え方の正解

  1. 6

    国宝級イケメンの松村北斗は転校した堀越高校から亜細亜大に進学 仕事と学業の両立をしっかり

  2. 7

    放送100年特集ドラマ「火星の女王」(NHK)はNetflixの向こうを貼るとんでもないSFドラマ

  3. 8

    維新のちょろまかし「国保逃れ」疑惑が早くも炎上急拡大! 地方議会でも糾弾や追及の動き

  4. 9

    出家否定も 新木優子「幸福の科学」カミングアウトの波紋

  5. 10

    【京都府立鴨沂高校】という沢田研二の出身校の歩き方