「愛すべき音大生の生態」辛酸なめ子氏

公開日: 更新日:

 外出自粛で「楽器 初心者」といったキーワードの検索が上昇しているという。人間にとって音楽は最大の癒やしになることは間違いない。本書はその音楽に身を捧げた音大生の謎の生態について書かれたエッセーだ。

「美大卒の私は同じ芸術系ということで音大生に親近感があったんですが、実際に調べてみれば音大と美大はまるで違うんです。美大も受験は大変ですが、入学後は比較的ゆったり。でも音大生は演奏会やコンクール、そして高い学費を支払うための怒涛のアルバイトなど社会人も驚くほどスケジュールが真っ黒で、思った以上に過酷な毎日を送っていました」

 それでもプロになれるのはほんの一握り。白鳥のように優雅に見えても水中では必死に足をかいている音大生たち。同級生は皆ライバル、弱くては生き残れないのだ。

「だからこそ若いけれど自分の世界を持っていて、群れなくてもボッチでも気にならない。若いのに達観しているその姿に驚きました」

 音大の文化祭に潜入したり、現役の音大生や卒業生の声を拾っている中で、著者が気が付いたのは、学科ごとに性格の違いが顕著なことだ。

「指揮科の学生は自信家が多くモテるが、歩きながら指揮を練習してしまい、怪しまれて職質されることも。また何時間でも1人で練習する生真面目なピアノ科の学生は孤独で内にため込みやすい傾向にあり、オーケストラで1人だけの打楽器は目立ちたがり屋の人が多いそうです」

 一方、自分の体が楽器という声楽家の卵たちは、パートによってさまざまらしい。

 主旋律を歌うソプラノは姫、テノールは王子気質の人が多く、華やかで自己主張が強い。アルトやバスなど男女ともに低音を歌う人はオペラで脇役の悪役を演じることが多く、役とは裏腹に心が広いのだとか。

「主役のソプラノと脇役のバスが付き合うとうまくいく確率が上がるのですが、ソプラノとテノールの主役同士が付き合うとうまくいかないそうです。でもそんな恋のドロドロも芸の肥やしになるのでしょう」

 巻末には、ゴースト作曲家として世間を騒がせた新垣隆氏との対談も掲載されている。名門、桐朋学園の作曲科に入学した氏は、外車で通学し女学生にモテる同級生の華やかな生活を横目に、机とピアノに向かうだけの地味な学生生活を送っていたらしい。

「音楽家はなんらかの豊かさを知っているかどうか。セレブな生活だけが豊かさではない。キャベツを毎日かじっていても幸せだったら全然、問題がない。音楽に打ち込むことが青春そのものです」と語る新垣氏の言葉は、コロナ禍の今、音楽の枠を超えて深く心に響く。

 そのほか本書では、ライバルを蹴落とすためにピアノに針を仕込む学生や、誰もいないのに演奏が聞こえる部屋など数々の噂話のほか、地下アイドルの追っかけのような「芸大おじさん」の存在から音大生の経済格差まで、世に知られていない衝撃のエピソードを紹介している。

 超個性的でひたむきな音大生の魅力に迫った本書を読めば、彼らの奏でる音楽が味わい深く聞こえてくるだろう。

(PHP研究所 1300円+税)

▽しんさん・なめこ 1974年、東京都生まれ、埼玉県育ち。漫画家、コラムニスト。女子学院中学校・高等学校を経て、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。恋愛からアイドル観察、スピリチュアルなど執筆。

【連載】著者インタビュー

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    「豊臣兄弟!」白石聖が大好評! 2026年の毎週日曜日は永野芽郁にとって“憂鬱の日”に

  2. 2

    川口春奈「食べ方が汚い」問題再燃のお気の毒…直近の動画では少しはマシに?

  3. 3

    あの人「なんか怖い」を回避する柔らかな言葉遣い

  4. 4

    自分探しで“変身”遂げたマリエに報道陣「誰だかわからない」

  5. 5

    (1)高齢者の転倒は要介護のきっかけになりやすい

  1. 6

    2度目の離婚に踏み切った吉川ひなの壮絶半生…最初の夫IZAMとは"ままごと婚"と揶揄され「宗教2世」も告白

  2. 7

    「誰が殺されてもおかしくない」ICE射殺事件への抗議デモ全米で勃発

  3. 8

    解散総選挙“前哨戦”で自民に暗雲…前橋出直し市長選で支援候補が前職小川晶氏に「ゼロ打ち」大敗の衝撃

  4. 9

    業績悪化で減収減益のニトリ 事業の新たな柱いまだ見いだせず

  5. 10

    チンピラ維新の「国保逃れ」炎上やまず“ウヤムヤ作戦”も頓挫不可避 野党が追及へ手ぐすねで包囲網