「茶聖」伊東潤氏

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「今、求められているのは利休のような存在なんです。経済成長期には、天下人の信長や秀吉に注目が集まりましたが、停滞期・転換期のこの時代に学ぶべきは、社会に新しい価値観を持ち込んだ、利休だと思います」

 本書は「茶の湯」という安土桃山時代を代表する一大文化を完成させ、天下人・豊臣秀吉に仕えた千利休を描く小説だ。利休の茶の湯は、なぜ戦国武将たちを魅了したのか。一時は秀吉と蜜月関係を築きながらも、なぜ利休は切腹を命じられたのか。これまで小説や映画で幾度も描かれてきた利休だが、本書が新しいのは、その謎多き人生を、フィクサーという視座から描き出した点だろう。

「最近の言葉で言い換えるなら、プロデューサーと言ってもいいかもしれません。利休は秀吉が天皇に茶を献じる『禁中茶会』から、庶民が楽しむ『北野大茶湯』までを演出し、世に茶の湯を普及させました。それは武士の時代において、茶の湯という新しい価値観で軍事力を制御するためです。一兵も持たずに天下人をコントロールしようとしたのは利休だけです」

 利休にそれができたのは、天下人・秀吉と利害が一致したからだ。

 物語は信長の死から始まる。信長は茶の湯を「武士たちの荒ぶる心を鎮める」道具だと考えた。茶の湯を使って武士たちの心を飼いならし、下克上なき世の中をつくろうと。しかし下克上による信長の死を目の当たりにした秀吉は、茶の湯による武士の心の支配を徹底しようとする。秀吉が追う戦乱なき世、すなわち“静謐”は、利休の求めるものと一致した。

「そもそも利休は堺の商人です。儲けるためには平和である必要があって、できれば人口が多く、人々の生活に余裕があった方がいい。だから平和というゴールは同じでも、信長や秀吉のように武力で制圧して平和をもたらすのは都合がよくないんですね。ではどうしたらいいかと考えていくと、おのずと本書のような利休像が出来上がりました」

 現実世界の支配者・秀吉に対して、心の中の支配者たらんとする利休。天下をうまく分け合っていた2人だが、利休は九州(島津)征伐や小田原征伐といった現実世界でも重要な役割を果たすことになる。

 一方の秀吉も、己の“侘”を確立させていく。そんな秀吉像もまた、新しい。

「秀吉はずる賢くて、癖が強くて、褒められたいという欲にまみれた俗物ですが、そういう人間に美的感覚がないかといえば、それは違うと思うんです。『聖俗一如』という言葉がありますよね。聖と俗は裏表なのだという意味ですが、まさに秀吉は聖俗一如を体現した人物で、『黄金の茶室』の場面にあるように、芸術的センスは相当なものだったと思います。対して利休は、平和を実現するために、あえて俗の世界にまみれていった」

 次第に2人は相手の領域へと踏み込み、天下を分け合っていた絶妙なバランスは崩れていく。2畳の茶室は、静かで激しい心理戦が繰り広げられる戦場となった。

「権力者とフィクサーが袂を分かつことは、秀吉と利休に限らず、いつの世もあることです。一致していた2人の軌道が少しずつずれ、大きく離れていくところを、スリリングに描き出したかった」

 秀吉の死後を見据えて第3勢力の組織化に動いていた利休は、その途上で、秀吉に死をたまわる。だが死をもって、さらにその存在は大きくなった。

「信長の懐に入り込み、秀吉を操った利休こそ、戦国最大のフィクサーであり、陰の天下人だと思います。いつか大河ドラマにもなるのではないかと期待しています(笑い)」

(幻冬舎 1900円+税)

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