江上剛(作家)

公開日: 更新日:

7月×日 コロナ禍のニュースばかりで憂鬱になる。

 玄侑宗久著「なりゆきを生きる―『うゐの奥山』つづら折れ」(筑摩書房 1600円+税)。著者は臨済宗妙心寺派福聚寺住職にして芥川作家。本書の中に芭蕉の「世の人の見付けぬ花や軒の栗」という句が紹介されている。この句こそ「コロナ禍での生き方」であると思った。自粛を余儀なくされている窮屈な生活の中で今まで気づかなかった楽しみを見つけることが、今、私たちに求められている。

7月×日 出かける際、鍵のかけ忘れが不安で途中で引き返すことが何度かある。いよいよ認知症が忍び寄ってきたのかと思う。

 久坂部羊著「生かさず、殺さず」(朝日新聞出版 1700円+税)。本書はミステリーとしても秀逸なのだが、それよりも認知症病棟の医者、看護師などのリアルな描写が恐ろしい。看護師たちは、患者を青酸カリや筋弛緩剤で安楽死させればいいという話題で盛り上がる。便失禁をごまかすための患者の化粧の匂いがきつい、口が臭い、セクハラをする変態性認知症患者への罵詈雑言がいっぱい。驚きで目を剥いた。

8月×日 75年目の終戦記念日が近づいてきたが、最近世の中がきな臭くなってきた。米中対立激化、中国の日本周辺海域への進出など、昔なら既に戦火を交えてもおかしくないほどの緊張が高まって来ている。

 清水潔著「鉄路の果てに」(マガジンハウス 1500円+税)。亡父のシベリア抑留を追体験するシベリア鉄道の旅ルポ。著者は亡父が残した本に貼りつけられた「だまされた」と記されたメモを見つける。その謎を解くため亡父が抑留されていたイルクーツクに着く。ソ連に抑留された日本人は約57万人以上、そのうち5万5千人以上が帰国を果たせず亡くなった。著者は日本人墓地に手を合わせながら国家に捨てられ、捕虜になり、不毛の大地で死ぬまで働かされた男たちの悲しみを思う。言葉の謎は解けるのだろうか。

【連載】週間読書日記

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    高画質は必要ない? 民放各社が撤退検討と報じられた「BS4K」はなぜ失敗したのですか?

  2. 2

    大手家電量販店の創業家がトップに君臨する功罪…ビック、ノジマに続きヨドバシも下請法違反

  3. 3

    落合監督は投手起用に一切ノータッチ。全面的に任せられたオレはやりがいと緊張感があった

  4. 4

    自民党総裁選の“本命”小泉進次郎氏に「不出馬説」が流れた背景

  5. 5

    「二股不倫」永野芽郁の“第3の男”か? 坂口健太郎の業界評…さらに「別の男」が出てくる可能性は

  1. 6

    今思えばあの時から…落合博満さんが“秘密主義”になったワケ

  2. 7

    世界陸上「前髪あり」今田美桜にファンがうなる 「中森明菜の若かりし頃を彷彿」の相似性

  3. 8

    三谷幸喜がスポーツ強豪校だった世田谷学園を選んだワケ 4年前に理系コースを新設した進学校

  4. 9

    広陵暴力問題の闇…名門大学の推薦取り消し相次ぎ、中井監督の母校・大商大が「落ち穂拾い」

  5. 10

    佐々木朗希いったい何様? ロッテ球団スタッフ3人引き抜きメジャー帯同の波紋