森詠(作家)

公開日: 更新日:

8月X日 依然、コロナ・ウィルスが猛威を揮っている。台湾の李登輝元総統が亡くなった。

 村上政彦著「台湾聖母」(コールサック社 1700円+税)は、李登輝と同じくかつて日本人の青野秋夫だった俳人劉秋日(74歳)の物語だ。

 子ども時代から日本語を国語とし、日本人になるよう教育されて来た劉は、新しく乗り込んで来た国民党政府の中国化に馴染めない。劉は台湾の日本語族として俳句を詠み、台湾独自の俳句の歳時記作りに勤しむ。

 その劉が美しい日本語を話す若い台湾人娘の秀麗に恋をする。

 だが、劉は秀麗に受け入れられず、見果てぬ恋は終わるのだが…。日本語とは何か、日本人とは何なのかを考えさせる。

8月X日 香港で国家安全維持法が施行され、北京政府の民主化運動潰しが強まった。だが、負けるな民主派。希望はあるぞ。そんな思いにさせるのが、ラーラ・プレスコット著「あの本は読まれているか」(吉澤康子訳 東京創元社 1800円+税)。これは米ソ冷戦の1960年代、1冊の本で、スターリン独裁下のソ連を内部から崩壊させようと試みるアメリカCIAの工作があった。

 その本はボリス・パステルナークの小説「ドクトルジバゴ」。ロシア革命を批判的な目で書いた恋愛小説だ。ソ連国内では出版できないので、原本を国外に密かに持ち出し、海外で翻訳して出版して、ロシア語版をソ連内に持ち込もうという作戦だ。

 アメリカ側の主人公は、出来て間もないCIAにタイピストとして雇われた多種多様な女たち。彼女らの色恋を交えての饒舌なやりとりが面白い。

 ソ連ではパステルナークの愛人が秘密警察に捕まり、極寒のシベリア送りになっても、不屈の精神で耐えてパステルナークを守り、小説を完成させる。作戦は成功し、パステルナークにノーベル文学賞が授与された。

 こうして1冊の小説が世界を変えた。いまの共産党独裁の中国でも、きっとそんな1冊が生まれている、と私は信じている。

【連載】週間読書日記

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    安青錦は大関昇進も“課題”クリアできず…「手で受けるだけ」の立ち合いに厳しい指摘

  2. 2

    阿部巨人に大激震! 24歳の次世代正捕手候補がトレード直訴の波紋「若い時間がムダになっちゃう」と吐露

  3. 3

    マエケン楽天入り最有力…“本命”だった巨人はフラれて万々歳? OB投手も「獲得失敗がプラスになる」

  4. 4

    中日FA柳に続きマエケンにも逃げられ…苦境の巨人にまさかの菅野智之“出戻り復帰”が浮上

  5. 5

    今田美桜に襲い掛かった「3億円トラブル」報道で“CM女王”消滅…女優業へのダメージも避けられず

  1. 6

    高市政権の“軍拡シナリオ”に綻び…トランプ大統領との電話会談で露呈した「米国の本音」

  2. 7

    エジプト考古学者・吉村作治さんは5年間の車椅子生活を経て…80歳の現在も情熱を失わず

  3. 8

    日中対立激化招いた高市外交に漂う“食傷ムード”…海外の有力メディアから懸念や皮肉が続々と

  4. 9

    安青錦の大関昇進めぐり「賛成」「反対」真っ二つ…苦手の横綱・大の里に善戦したと思いきや

  5. 10

    石破前首相も参戦で「おこめ券」批判拡大…届くのは春以降、米価下落ならありがたみゼロ