中山七里 ドクター・デスの再臨

1961年、岐阜県生まれ。2009年「さよならドビュッシー」で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。本作は「切り裂きジャックの告白」「七色の毒」「ハーメルンの誘拐魔」「ドクター・デスの遺産」「カインの傲慢 」に続く、シリーズ第6弾。

<17>元祖ドクター・デスはケヴォーキアン

公開日: 更新日:

 蔵間から前回の安楽死事件との類似点を指摘されると、犬養と同じことに思い当たったらしく明日香も表情を固くした。切羽詰まったように蔵間に質問を浴びせる。

「先生は今回のケースとドクター・デスの事件に何らかの関連があるとお考えですか」

「二つのケースがあまりにも似ていることからの疑問ですか」

 犬養も同様の質問をしようと考えていたところなので蔵間の返事を待つ。

 ところが緊張気味の二人に対して蔵間は至極冷静だった。

「前回、犬養さんには一九九一年に起きた東海大学医学部付属病院での安楽死事件についてお話ししましたね。起訴された助手はベラパミル塩酸塩製剤を通常量の二倍投与し、脈拍に変化がなかったため、更に塩化カリウム製剤20mlを注射し、患者を死に至らしめました」

「ええ。確かに聞きました」

「ではもう一つ。元祖ドクター・デスとも言うべきジャック・ケヴォーキアンが考案したタナトロンという装置は最初に生理食塩水、次にチオペンタール、患者が昏睡状態に陥った時点で塩化カリウムが点滴されるという仕組みでした。初めてこの話を聞くと非常に専門的に思えるでしょうが、東海大学の事件もジャック・ケヴォーキアンの行為も、ちゃんと文献が残っています。従って今回の事案が塩化カリウム製剤を使用した安楽死事件であり、前回の事件と類似点があったとしてもさほど驚くことではないとわたしは考えます。警察発表がなくても文献を漁りさえすれば特段の専門知識を要せず模倣できますからね」

 ふっと犬養は緊張を解いたが、蔵間の話には続きがあった。

「もっとも今挙げた薬剤は、どれもこれもドラッグストアやコンビニで売っているものではありません。取り扱いにも慎重を期すものだし、一般の人ではまず入手困難でしょう」

「犯人は、やはり医療従事者ということですか」

「その可能性を否定する材料はありません。その場合、わたしは個人的に少々困ったことになります」

 蔵間は表情を曇らせた。

「法医学を学ぶ者として、わたしは死因追及のみに注力してきました。事件の犯人や動機を考え出すと、どうしても先入観を抱いてしまい、判断の妨げになるからです。これは法医学の世界にその人ありと謳われた教授が講演で度々説いておられることで、私淑しているわたしの金科玉条でもあります」

 法医学の権威と聞き、犬養の脳裏に著名で偏屈な老解剖医の顔が浮かんだが、敢えて口には出さなかった。犬養が想像するよりはるかに、あの老人は尊敬されているらしい。

「そういう事由で、本事案の容疑者および犯行態様などについても予測や見解めいたものは極力考えまいとしたのですが、事件の概要からどうも例外になりそうな気がするのですよ」

「事件のどういう点がでしょうか」

 (つづく)

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