ひとりよがりの男文化にお灸を据える艶笑喜劇

公開日: 更新日:

「ブライズ・スピリット 夫をシェアしたくはありません!」

 ノエル・カワードといっても今や知る人も少なかろう。大学の若手ブンガク教授連でも今どき愛読者を名乗るのは頭でっかちの俗物に決まってる――なんて冒頭から毒づいてしまったが、カワードは戦前のロンドンとニューヨークで寵児だった劇作家。ジャズ・エージと呼ばれた大戦間期は欧米の金持ちが大西洋の両側で遊び回った時代だが、当時の軽薄にして辛辣な文化の代表がカワードだ。

 そんな彼の人気芝居を珍しく映画化したのが来週末封切りの「ブライズ・スピリット 夫をシェアしたくはありません!」である。

 配給会社にはすまないが、この邦題はヒドい。原題は「陽気な幽霊」で、人気作家の死んだ妻がインチキな降霊術で蘇る。ところが作家は既に再婚。つまりふたりの女房に挟まれた男のドタバタ騒ぎというわけで、1945年に映画化された際は“女の戦い”をコミカルに描く三角関係の艶笑喜劇だった。しかし今回はさすがに「ミー・トゥー」時代とあって、ひとりよがりの男文化にお灸を据える仕上がり。監督と主演が人気ドラマ「ダウントン・アビー」の演出家と人気俳優と聞けば食指の動くファンも少なくないだろう。

 俳優でもあったカワードは「007」の作家イアン・フレミングと友人で「ドクター・ノオ」の悪役を頼まれて断ったのだそうだが、本領はやはり軽喜劇の戯曲家。

「陽気な幽霊」は昔々に邦訳されたきりだが、昨年、ひさびさに「スイートルーム組曲」(而立書房)が訳出された。そこに登場する老作家はカワードと同じく同性愛だったサマセット・モームがモデルだという。一見すると大衆的な小説ながらも奥底に人間の無常を忍ばせたモームについては、行方昭夫著「サマセット・モームを読む」(岩波書店 2420円)が上手な解説書だ。 <生井英考>

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    3年連続MVP大谷翔平は来季も打者に軸足…ドジャースが“投手大谷”を制限せざるを得ない複雑事情

  2. 2

    自民党・麻生副総裁が高市経済政策に「異論」で波紋…“財政省の守護神”が政権の時限爆弾になる恐れ

  3. 3

    立花孝志容疑者を"担ぎ出した"とやり玉に…中田敦彦、ホリエモン、太田光のスタンスと逃げ腰に批判殺到

  4. 4

    最後はホテル勤務…事故死の奥大介さん“辛酸”舐めた引退後

  5. 5

    片山さつき財務相“苦しい”言い訳再び…「把握」しながら「失念」などありえない

  1. 6

    ドジャースからWBC侍J入りは「打者・大谷翔平」のみか…山本由伸は「慎重に検討」、朗希は“余裕なし”

  2. 7

    名古屋主婦殺人事件「最大のナゾ」 26年間に5000人も聴取…なぜ愛知県警は容疑者の女を疑わなかったのか

  3. 8

    阪神異例人事「和田元監督がヘッド就任」の舞台裏…藤川監督はコーチ陣に不満を募らせていた

  4. 9

    高市内閣支持率8割に立憲民主党は打つ手なし…いま解散されたら木っ端みじん

  5. 10

    《もう一度警察に行くしかないのか》若林志穂さん怒り収まらず長渕剛に宣戦布告も識者は“時間の壁”を指摘