「HERETODAY」岡本仁著

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「HERETODAY」岡本仁著

「BRUTUS」など人気雑誌の編集に携わってきた著者が日々発信してきた10年分のインスタグラム、約8000枚から厳選した写真集。

 ポスト時、ともに投稿されたテキストはあえて添えず、写真だけが再編集されて並ぶ。

 ゆえに読者は、写真がポストされた状況も、撮影意図などの手掛かりもなく、写真と向き合うことになる。

 ページを開くと、どこかの駅の待合室らしき場所、古民家の軒下で床几に座って話し込む2人のお年寄り、窓の外に海が広がる飲食店の座敷でひとりぽつねんと座る男性、どこかの町の庶民的な蕎麦屋の店内、青空にそそり立つピンでそうとわかるオレンジ色の屋根が印象的なボウリング場、島を行き交うフェリーに乗り込む郵便配達のバイクなど。脈絡がない写真が並ぶ。

「使い途のない写真」と題されたこの写真たち。

 スマホにたまった大量の写真は、仕事やインスタグラムへのポストなど、いずれも何かに使うつもりで撮ったものなのだが、見返すと、時々、「これは何に使うつもりで撮ったのかが思い出せない、いや、そもそもそういう意図があったのかどうかさえわからない写真も撮っているよう」だと気づく。

 いつも使い途を考えて撮っている著者にとっては、「使い途のない写真こそが、自分の撮りたいものだったのではないだろうか」という。

 公園の遊具で遊ぶ子どもたちの遠景、カウンター割烹のような店ですだれ越しに見た厨房で働く和装の女性の後ろ姿、人けのないガソリンスタンドで給油中の車など、思わずスマホを向けた著者の感情までが伝わってきそうだ。

「待っている犬」のコーナーは、出先で適当な何かに引き綱を結ばれて飼い主を待つ犬たちが被写体だ。その所在なさげな表情や体全体から放たれたつまんなそうなオーラがなんとも良い。

 記念写真を撮られるのは得意ではないが、写真を撮ろうとしている人や撮られる人から伝わってくる高揚した気分に出合えたら、ついついレンズを向けてしまうという。誰もが経験がある撮ったり撮られたりするその瞬間が、視点が異なるだけでよく見る記念写真から「作品」へと変わるから不思議だ。

 街中で出合った自分好みの自動車の写真を集めたコーナーもある。運転しないというが、おのずと車の趣味がわかってくる。さらに、こうして並べると、「クルマは真横から撮るのが好きらしい」と自身の嗜好に改めて気づいたりもする。

 写真は知らなかった自分に気づく装置でもあるようだ。

 もちろん、多くのインスタグラマーと同じように、その日食べたものやスイーツ、そして大切にしているコーヒーブレークに欠かせない趣のある喫茶店などの写真も数多くある。

 そうした一枚一枚が積み重なり、やがて会ったことも、話したこともない著者の像が読者の脳裏に浮かび上がってくるはずだ。 (芸術新聞社 2200円)

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