「リーゼ・マイトナー」マリッサ・モス著、中井川玲子訳

公開日: 更新日:

「リーゼ・マイトナー」マリッサ・モス著、中井川玲子訳

 話題の映画「オッペンハイマー」は、米国の原爆開発プロジェクト「マンハッタン計画」の指導的役割を果たし“原爆の父”と呼ばれたロバート・オッペンハイマーを描いたもの。一方“原爆の母”と呼ばれたのがリーゼ・マイトナーだが、その名前は長らく歴史から消されていた。本書はその復権を図るとともに、マイトナーが歩んだ波乱の生涯を描いている。

 19世紀後半のウィーンのユダヤ人家庭に生まれたマイトナーは、幼い頃から数学や物理学に興味を抱き、当時の女性にとって狭き門の大学進学を果たす。ウィーン大学で才能をめきめき伸ばしたマイトナーは、放射能の研究に専念し重要な論文を次々に発表。量子物理学という新しい分野で才能を認められたマイトナーだが、女性科学者に対する待遇は劣悪で、研究室に残ることも教員の資格を取ることも難しかった。

 そこへ救世主のごとく現れたのがベルリン大学の化学者オットー・ハーンだ。ハーンとの共同研究という形でマイトナーは研究室に残ることができた。しかし、彼女が暮らしていたドイツはナチスが政権を握り、ユダヤ人に対する迫害が襲う。

 マイトナーはぎりぎりまでドイツにとどまるが、ハーンは自分に累が及ぶのを恐れマイトナーを追い出す。スウェーデンに亡命したマイトナーはハーンから奇妙な実験の解明を頼まれ、それが「核分裂」という世紀の発見であることを証明する。これによってハーンはノーベル賞を受賞するが、マイトナーの名前はそこになかった。ハーンが自分だけの手柄にしたのだ。

 戦後、“原爆の母”として一時スポットライトを浴びるが、マイトナーは自らが発見した核分裂が原爆という恐ろしい兵器を生み出したことに深く心を痛めた。児童向けに書かれた本書は、女性とユダヤ人という二重の差別を生き抜いた女性科学者の苦悩を平易かつ正確に描き出している。親子で読むのをおすすめする。〈狸〉

(岩波書店 2420円)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    安青錦の大関昇進めぐり「賛成」「反対」真っ二つ…苦手の横綱・大の里に善戦したと思いきや

  2. 2

    横綱・大の里まさかの千秋楽負傷休場に角界から非難の嵐…八角理事長は「遺憾」、舞の海氏も「私なら出場」

  3. 3

    2026年大学入試はどうなる? 注目は公立の長野大と福井県立大、私立は立教大学環境学部

  4. 4

    東山紀之「芸能界復帰」へカウントダウン着々…近影ショットを布石に、スマイル社社長業務の終了発表か

  5. 5

    「総理に失礼だ!」と小池都知事が大炎上…高市首相“45度お辞儀”に“5度の会釈”で対応したワケ

  1. 6

    大関取り安青錦の出世街道に立ちはだかる「体重のカベ」…幕内の平均体重より-10kg

  2. 7

    日中対立激化招いた高市外交に漂う“食傷ムード”…海外の有力メディアから懸念や皮肉が続々と

  3. 8

    義ノ富士が速攻相撲で横綱・大の里から金星! 学生相撲時代のライバルに送った痛烈メッセージ

  4. 9

    同じマンションで生活を…海老蔵&米倉涼子に復縁の可能性

  5. 10

    独立に成功した「新しい地図」3人を待つ課題…“事務所を出ない”理由を明かした木村拓哉の選択