一ノ瀬俊也(埼玉大学教養学部教授)

公開日: 更新日:

7月×日 今年3月までの2年間、所属学部の管理職をしていた。一見平和な地方国立大学の人文系学部も水面下ではいろいろな事件が起こりつつあり、私の任務は学部長を補佐してそれらを未然に防ぐことだった。

 ほぼ毎日、事務的なメールが大量に届き、それらを読んではすぐ返事を書かねばならない。おかげで任期中は本を読む気力が完全になくなったが、職務から解放されて約4カ月、ようやく読書への意欲が戻ってきた。

 そこで藪本勝治著「吾妻鏡 鎌倉幕府『正史』の虚実」(中央公論新社 1100円)を手に取った。「吾妻鏡」とは、鎌倉幕府の歴史を記した有名な書物である。

 私たちは学校の授業でこの「吾妻鏡」を鎌倉幕府の史実を記した「正史」と教えられてきたが、本書によれば実はそうではない。この本は幕府を牛耳った北条氏の権力掌握を正当化するという明確な目的をもってさまざまな出来事を取捨選択し、軍記物語の手法を援用して編まれた、一つの「物語」なのである。

 本書は「吾妻鏡」を、ところどころに権力闘争に敗れ滅んでいった者たちが顔をのぞかせる、ダイナミックな歴史叙述として評価する。そもそも歴史とは、単に昔の出来事を並べただけでは成立せず、それを論じる者の歴史観に基づき取捨選択した「物語」である。それは「吾妻鏡」も学校で習う歴史も変わらない。

7月×日 授業で学生たちに南塚信吾・小谷汪之編著「歴史的に考えるとはどういうことか」(ミネルヴァ書房 2750円)の第6章「『歴史的に考える』ことの学び方・教え方」を読んでもらった。歴史は常に書き換わるものであるから、学校教科書の記述を鵜呑みにすべきではないと説くものだが、反応はあまりかんばしくなかった。

 学生たちの主張は、マークシート式の大学入試では「正解」が必要なのに、いきなり歴史に「正解」はないなどと言われても困るというものであった。彼らの気持ちはよくわかるけれど、大学入試とはじつに罪深い制度だなと思った。

【連載】週間読書日記

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    岡山天音「ひらやすみ」ロス続出!もう1人の人気者《樹木希林さん最後の愛弟子》も大ブレーク

  2. 2

    帝釈天から始まる「TOKYOタクシー」は「男はつらいよ」ファンが歩んだ歴史をかみしめる作品

  3. 3

    西武にとってエース今井達也の放出は「厄介払い」の側面も…損得勘定的にも今オフが“売り時”だった

  4. 4

    高市政権の物価高対策はもう“手遅れ”…日銀「12月利上げ」でも円安・インフレ抑制は望み薄

  5. 5

    立川志らく、山里亮太、杉村太蔵が…テレビが高市首相をこぞってヨイショするイヤ~な時代

  1. 6

    (5)「名古屋-品川」開通は2040年代半ば…「大阪延伸」は今世紀絶望

  2. 7

    森七菜の出演作にハズレなし! 岡山天音「ひらやすみ」で《ダサめの美大生》好演&評価爆上がり

  3. 8

    小池都知事が定例会見で“都税収奪”にブチ切れた! 高市官邸とのバトル激化必至

  4. 9

    西武の生え抜き源田&外崎が崖っぷち…FA補強連発で「出番減少は避けられない」の見立て

  5. 10

    匂わせか、偶然か…Travis Japan松田元太と前田敦子の《お揃い》疑惑にファンがザワつく微妙なワケ