「がん征服」下山進著

公開日: 更新日:

「がん征服」下山進著

 医療の進歩によって、がんは必ずしも「死に至る病」ではなくなった。それでも、治療が極めて難しいがんがある。中でも「膠芽腫」は脳腫瘍の中でもっとも悪性度が高く、平均余命は15カ月。患者のMRI画像にはリングエンハンスと呼ばれる白い輪が映り、その内側は黒く壊死している。医者はこの画像を見た瞬間、患者の運命を悟る。

 脳はほかの臓器と異なり、腫瘍の全摘出ができない。機能温存と腫瘍切除の間で、医者も患者も綱渡りを迫られる。究極の手段は、覚醒下手術。麻酔をして開頭後、脳をむき出しにした状態で患者を覚醒させ、腫瘍周辺部分に電気刺激を当てて患者の反応を確認しながら、切除してよい部分をぎりぎりまで見極める。本作のプロローグはこの覚醒下手術の場面から始まる。患者は働き盛りの新聞記者。手術は成功したが、半年後に再発し、手術から1年を待たずに亡くなってしまう。

 本作はこの難しいがんに挑む新しい治療療法の開発史を追った医療ノンフィクション。取り上げている新療法は3つある。中性子を使うBNCT、光免疫療法、遺伝子改変ウイルスによるウイルス療法の3つ。それらを開発した3人の医学者を主人公に、それぞれの挑戦が複雑に絡み合いながら進行する。がん征服に挑む人々のオムニバスドラマがスケールの大きなノンフィクションを織り上げている。

 医学的な側面だけでなく、実用化に向けてのスポンサー探し、承認のための治験、規制当局の対応などが幅広い視点で描かれる。父親をがんで亡くした楽天の三木谷浩史が光免疫療法の実用化に本気で取り組んでいること、安倍政権下の薬事法改正が承認プロセスに問題を残したことなども明かされる。新治療法の開発は産学官をまたぐ大プロジェクトであることがよくわかる。

 どの療法も道半ばだが、粘り強い挑戦が救える命を増やしていくと信じたい。

(新潮社 1980円)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    もしやり直せるなら、入学しない…暴力に翻弄されたPL学園野球部の事実上の廃部状態に思うこと

  2. 2

    「たばこ吸ってもいいですか」…新規大会主催者・前澤友作氏に問い合わせて一喝された国内男子ツアーの時代錯誤

  3. 3

    永野芽郁は疑惑晴れずも日曜劇場「キャスター」降板回避か…田中圭・妻の出方次第という見方も

  4. 4

    巨人阿部監督が見切り発車で田中将大に「ローテ当確」出した本当の理由とは???

  5. 5

    「高島屋」の営業利益が過去最高を更新…百貨店衰退期に“独り勝ち”が続く背景

  1. 6

    かつて控えだった同級生は、わずか27歳でなぜPL学園監督になれたのか

  2. 7

    JLPGA専務理事内定が人知れず“降格”に急転!背景に“不適切発言”疑惑と見え隠れする隠蔽体質

  3. 8

    「俳優座」の精神を反故にした無茶苦茶な日本の文化行政

  4. 9

    (72)寅さんをやり込めた、とっておきの「博さん語録」

  5. 10

    第3の男?イケメン俳優が永野芽郁の"不倫記事"をリポストして物議…終わらない騒動