「負け組のメディア史」佐藤卓己著/岩波現代文庫(選者:佐高信)

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コンプライアンスなどと言っている者はジャーナリストではない

「負け組のメディア史」佐藤卓己

 最初に新潮選書で出た時のこの本の題名は「天下無敵のメディア人間」で、こちらの方がしっくりくる。副題が「喧嘩ジャーナリスト・野依秀市」。

「実業之世界」や「帝都日日新聞」を出していた野依は1910年に現在の東京電力の前身の東京電燈が公益事業なのに1割2分の高配当をするのはおかしいと批判し、電気料金3割減のキャンペーンを展開した。

 しかし、効果がないとわかるや、激高して社長と支配人に「これほど言っても分らぬ奴はコレで自決せよ」という手紙をつけて出刃包丁を送りつけたのである。そのため野依は恐喝罪および脅迫未遂罪に問われて入獄した。

 しかし、野依に対する同情の声は高く、東京電燈は野依の保釈後に電気料金を1割7分下げ、さらに野依の有罪確定後に再値下げして、野依の要求した3割値下げは実現したのだった。野依は“会社ゴロ”などとも呼ばれたが、会社の悪らつさ、したたかさは「会社の方がゴロ」と言ってもいいほどであり、それは現在も変わらない。

 そんな野依を幸田露伴や三宅雪嶺は支持し「実業之世界」に寄稿し続けた。幸徳秋水や堺利彦とも親交のあった野依は自らを“皇室社会主義者”と称し、1924年にはアメリカ上院の「排日移民法」可決に際して、日本人にアメリカを批判する資格があるのかと次のように問いかけた。

「支那其他の東洋人に対して人種的差別待遇を与へるばかりでなく、内地の同胞の待遇にすら差別をつける日本人が、どうして米国の人種的差別の不当を云為することが出来るか」

 また、関東大震災時の朝鮮人暴動という警察発表を指弾して「同じ内地人ですら、内地の同胞に対して右のやうな暴行を働いたものがある。況んや自分の国が併合されたのだから、朝鮮人が恨みを呑んで居り、何かの機会に其恨みを晴してやらうと思ふのは、人間として当然あり得べき事である。此の意味に於て日本人は朝鮮人の地位になって、今後の問題を考ふべきである」と主張した。

 戦後はGHQから最も多く発禁処分を受けたが、戦中にも軍国主義は時代遅れであり、海に囲まれた日本にドイツのような軍国主義の必要はないと断言した。「軍艦大砲に費やす所の費用を転じて、科学の発達、工芸の進歩、殖産興業の勃興に充てよ」と力説したのである。コンプライアンスなどと言っている者はジャーナリストではない。 ★★★

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