「日本製鉄の転生」上阪欣史著/日経BP(選者:佐高信)

公開日: 更新日:

トヨタとケンカした日鉄会長・橋本英二という男

「日本製鉄の転生」上阪欣史著

 今度一緒に「石橋湛山を語る」(集英社新書)を出した田中秀征に真顔で「頼むからオレをほめないでくれ」と言われたことがある。私が批判した者の怨みが「何で田中だけはほめられるのか」と彼に向かって集中するかららしい。

 そんなことのないように祈るが、日本製鉄会長の橋本英二には「トランプにも負けるなよ」と精いっぱいのエールを送りたい。USスチールとの合併阻止はまったくのイチャモンである。

 いまどき珍しいまともな経営者はどうして誕生したか? 著者の問いに橋本は熊本県球磨郡の「ど田舎で育った」からかもしれないと答える。そして、「周りに何もないわけです。自分しかいないから、苦境に陥っても人のせいにできないんですよ。それに、田舎は互いに知っている人ばかりだから、あの人のせいでとは思わないし、むしろ助けてもらうことの方が多い」と続ける。

 橋本を知る元社員は「サラリーマンらしくない」と評したが、そんな橋本をトップにした人間も称えられていい。

 私が橋本に注目したのは、日鉄がトヨタをはじめとした自動車メーカーとケンカしたからだった。社長だった橋本は自動車用鋼板の価格交渉で営業に「値上げしてシェアを奪われても構わない。もし値上げを認めてもらえないなら供給制限もせざるを得ないと伝えてほしい」と言った。また、2021年には、日本製鉄は電動車のモーターに使う電磁鋼板の特許を侵害したとして中国の宝山鋼鉄とトヨタを訴えた。宝山鋼鉄はほとんど日鉄が育てた会社だが、その特許技術を用いてトヨタが電動車を製造しているのを看過することはできない。しかし、最大顧客のトヨタを訴えたのは驚天動地の出来事だった。だいたい、国は経済安全保障とかいって中国を敵視するなら、この宝山鋼鉄の特許侵害とそれに便乗したトヨタをこそ問題にしなければならないだろう。ところが、中堅の大川原化工機に見当違いの嫌疑をかけて、とんでもない結果を招きこそすれ、トヨタのトの字も標的にしようとはしなかった。私は経済安保そのものがおかしいと思うから、それはそれでいいのだが、弱い者いじめにそんな法律をつくるべきではないのである。

 この本はある種のサクセスストーリーとなっていて、トヨタとのやりとりを含め、もっと問題点を掘り下げてほしかったとも思うが、橋本英二という男を知るためにもっと読まれていいだろう。★★半

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ドジャース「佐々木朗希放出」に現実味…2年連続サイ・ヤング賞左腕スクーバル獲得のトレード要員へ

  2. 2

    国分太一問題で日テレの「城島&松岡に謝罪」に関係者が抱いた“違和感”

  3. 3

    ギャラから解析する“TOKIOの絆” 国分太一コンプラ違反疑惑に松岡昌宏も城島茂も「共闘」

  4. 4

    片山さつき財務相の居直り開催を逆手に…高市首相「大臣規範」見直しで“パーティー解禁”の支離滅裂

  5. 5

    ドジャース佐々木朗希の心の瑕疵…大谷翔平が警鐘「安全に、安全にいってたら伸びるものも伸びない」

  1. 6

    小林薫&玉置浩二による唯一無二のハーモニー

  2. 7

    森田望智は苦節15年の苦労人 “ワキ毛の女王”経てブレーク…アラサーで「朝ドラ女優」抜擢のワケ

  3. 8

    臨時国会きょう閉会…維新「改革のセンターピン」定数削減頓挫、連立の“絶対条件”総崩れで手柄ゼロ

  4. 9

    阪神・佐藤輝明をドジャースが「囲い込み」か…山本由伸や朗希と関係深い広告代理店の影も見え隠れ

  5. 10

    阪神・才木浩人が今オフメジャー行きに球団「NO」で…佐藤輝明の来オフ米挑戦に大きな暗雲