著者のコラム一覧
増田俊也小説家

1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。

「空手バカ一代」(全29巻)梶原一騎原作 つのだじろう、影丸譲也作画

公開日: 更新日:

「空手バカ一代」(全29巻)梶原一騎原作 つのだじろう、影丸譲也作画

 週刊少年マガジンで「空手バカ一代」の連載が始まったのは1971年。扇情的に《これは事実談であり…この男は実在する!!》と巻頭言でうたってあった。

 極真空手の創始者・大山倍達を描いたこの漫画は爆発的にヒットし、池袋の極真会総本部前には入門希望者が連日列を成した。

 当初から完全なノンフィクションとして連載されたが、後年多くの者が指摘したように、実際には事実とフィクションが混交しており、その割合はむしろフィクションに大きく傾いていた。

 そもそもの設定からして「大山倍達は特攻隊生き残りの国士」として描かれているが、実際は大日本帝国統治時代の朝鮮半島出身である。これは物語の根底を壊してしまうほどの虚偽であり、のちのちまで語られるさまざまな国士エピソードが、いま再読すると、滑稽にも見えてしまう。しかしそれをもってこの漫画の価値は下がりはしない。

 空手人気を沸騰させたこの漫画の役割は、世界の格闘技史を塗り替えるほど大きなものだった。十数年前になるが、東大教授(当時)の松原隆一郎先生と2人でお茶を飲んでいるとき「影響力としては聖書に次ぐくらいの力があったのではないか」という話になった。大袈裟ではない。

 極真空手の実戦力が反政府運動に使われることを恐れたソ連政府が練習を禁止したともいわれた。銃器レベルで危険なものと見なされたわけである。冷戦時代の共産圏でこのように扱われるほど極真は世界に広がったのだ。

 だが逆にこの漫画のヒットによって極真会内部に人間関係のきしみを生み、後の組織分裂を呼び込むことになる。

 大きな原因は梶原一騎が連載後半から主役を大山倍達から弟子たちへと変えていったことだ。大山茂、中村忠、山崎照朝、芦原英幸、盧山初雄、佐藤勝昭、東孝らが読者に支持され、人気面で師の大山に肩を並べていく。

 これをよく思わなかった大山倍達は梶原一騎に抗議した。しかしこの抗議がストレートではなく、弟子を使ったりしたので余計にこじれていく。いさかいは多くの極真人を巻き込み、やがて大山倍達の逝去で組織が分裂した。

 しかし梶原一騎と「空手バカ一代」、そして大山倍達の巨大さを忘れることだけはあってはならない。われわれはあの時代、あの作品から多くの勇気をもらったのだ。

(講談社 品切れ重版未定)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    佐野勇斗は書道六段で英語も堪能 愛知県立岡崎西高校から明治学院大英文学科へ

  2. 2

    これが日本の「中流」サラリーマン転落の軌跡 年金の「繰り上げ受給」を選ぶのは、お金と仕事がない人

  3. 3

    ドジャース大谷翔平「サイ・ヤング賞&首位打者」同時授賞に現実味 4年連続5度目のMVPは既定路線

  4. 4

    「Aぇ!group」草間リチャード敬太は事件から“ほぼ復活” 大阪学院大で学んだ苦労人の前途

  5. 5

    「シニアにやさしい街」日本一の東京都板橋区は何がスゴイ?

  1. 6

    嵐の大野智と相葉雅紀、二宮和也が通信制高校で学んだそれぞれの事情

  2. 7

    阪神・藤川監督に「裸の王様」の懸念 選手&スタッフを驚愕させた「コーチいびり」

  3. 8

    山口組、稲川会、住吉会…最高幹部3者の極秘会食で何が話し合われたのか

  4. 9

    JR東海が政府に安定供給要請も「潤滑油」は代替調達が困難…このままでは日本の鉄道網も危ない!

  5. 10

    阪神藤川監督「オラつき」連発に対戦相手やファンから苦情の嵐《格好いいと思っているのかな》