「出版中止!」宮崎伸治著

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「出版中止!」宮崎伸治著

 著者は出版翻訳家。某一流企業の産業翻訳スタッフとして経験を積んだ後、イギリスの大学院で英語に磨きをかけ、帰国後にフリーランスの翻訳家になった。思う存分実力を発揮してやるぞ! と意気込んでいたが、思いもよらない地獄が待っていた。何も知らずに飛び込んだ出版業界で悪戦苦闘した日々をユーモアを交えて書いた体験記。

 翻訳家デビュー前の著者は、売れそうな原書を探して出版社に企画を売り込むことから始めた。電話や郵便でらちが明かなければ、アポなしで編集部に突撃。そのうち、ぽつりぽつりと仕事が来るようになるのだが、出版業界には魑魅魍魎が跋扈していた。

 翻訳を依頼されても、契約書が交わされることは、まずない。条件を聞いても、曖昧な答えしか返ってこない。何冊もの原書を読んで概要の作成を求められるが、出版されるかどうかは不明。なんとか出版にこぎ着けても、印税が削られたり、なかなか支払われなかったり。経営状態の悪化といった諸般の事情から、何度か出版中止の憂き目も見た。

 事あるごとに(にゃに?)と心の中で怒り爆発。内心を隠して平静を装いつつ、対抗策を編み出していく。「催促の言葉なくして印税の支払いを催促するテクニック」を駆使したり、編集者の難癖攻撃をかわすためにタイトル案を100本もひねり出したり。ついには、法的知識を身に付けて自力で戦おうと、40代で日大法学部(通信教育課程)に入学してしまうのだ。

 このポジティブなマインドと行動力で困難を乗り越えるたび、「わっはっはっはっ、これでいいのだ」と笑い飛ばす。

 まるで漫画のようなのだが、笑い事ではない。出版業界もだいぶ変わってきてはいるが、業界のあるある満載。翻訳家に限らず、ライター、デザイナー、カメラマン、校正者らフリーで仕事をしている人は身につまされるのではないだろうか。戦い過ぎて精神がボロボロになり、一度は「職業的死」を経験したという著者ならではの翻訳家残酷物語は、孤軍奮闘するすべてのフリーランサーへの応援歌でもある。 (小学館 1430円)

【連載】ノンフィクションが面白い

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