著者のコラム一覧
ショーファー佐野作家

ケネディ暗殺の翌年である1965年、アメリカ合衆国テキサス州ダラスに生まれる。早稲田大学理工学部を卒業後、有名総合商社に勤務するも、早々に退職。輸入時計販売業を始める。一期一会を噛みしめながら、一本、一本丹念に販売実績を積み上げてきた。輸入時計を通じて広げた人脈には成り上がり、強者もいれば、化け物もいる。猛者たちとの対峙が己の人生を形作ってきたと考え、本書「高級時計 千夜一夜物語」を書き下ろした。

公開日: 更新日:

 指定された川崎の焼き肉店に鮫島と向かった。
 座敷の席には、十数人もの50代から60代後半頃までかと思われるご婦人方が陣取っていた。
 どのご婦人方も力技で成り上がったようなオーラを放ち、高級そうな衣服、宝飾品、宝飾時計を身に着けていた。
 独りでも十分威力がありそうだが、これだけ集まるとただならぬ圧力が押し寄せてくる。
 焼き肉の煙と、ご婦人方の吹き出すタバコの煙とで店内は霧がかかっているような状況だ。
 高級衣類が煙に巻かれようと全く気にする素振りすらない。
 鮫島と私は各々のアタッシェケースを手に、座敷の前で佇んでいた。
 アタッシェケースの中には毒島氏から託された商品がアイテムごとに分散して収納されていた。

 軍団の中でも明らかに頭を務めていると思しき女性が煙の中から獣が姿を現すように出現した。色付きの眼鏡をかけ、指、耳、胸元、手首、可能な限りのスペースには全てダイヤモンドが配置されていた。絞り出された重低音の掠れ声で
「あなたが佐野さん?」
「は、はい……」
 緊張で消え入りそうな声で返答した。
「美紀のお友達ね?」
「はい、先輩の美紀さんにはお世話になっています!!」
「まあ、お上がりなさい」
 靴を脱ぎ座敷に上がった。
「若いお二人、まず腹ごしらえでもしなさいな」

 たらふく肉を食わされたのちに、山元母氏は
「で、美紀から聞いているんだけど、今日は何か持ってきたの?」
 ここからが本番である。
 毒島氏に借りてきた商品を順次アタッシェケースから取り出していく。
 ますは12本差しのリングケースを2つ開ける。
「欲しい指輪、1本もないわね」
 と、一発で吐き捨てられた。
 次にブローチ、ペンダントトップを取り出した。
「パッとしないわねぇ」
 こちらもリングに対するのと同様の反応だ。
 ここで鮫島に目配せをする。
 もうひとつのアタッシェケースから鮫島が「本命」を取り出した。
 毒島氏から「にぎやかし」も必要だよ、と託された商品が全却下されたが、本命はこのイタリア製チョーカーである。
「もう帰っていいわ」
 と言いたげな表情になっていた山元母氏は、目の前にチョーカーがその姿を現すと、分厚い雲が一気に引き、明るい太陽の光が差し込んできたような笑みに変わった。
「あらぁ、いいじゃないのぉ」

 鮫島がすかさず山元母氏の前に姿見を差し出す。
 チョーカーを身に着けた山元母氏は、鏡の向こうの自分の姿を見て悦に入っている。
 ご婦人の軍団が統領を取り囲み
「山元さん、それいいわぁ」
「山元さん、お似合いぃだわぁ」
 最大限の賛辞を贈った。
「なんだか、私だけなんて申し訳ないわ」
 鮫島が抜かりなく頭数を数えているのが見て取れる。
 持参した数量がご婦人方の頭数を越えていることを確認した鮫島が
「そんなこともあろうかと皆様の人数分、ご用意させて頂いております!!」
 と1本85万円のチョーカーを18本売り上げた。

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