著者のコラム一覧
ショーファー佐野作家

ケネディ暗殺の翌年である1965年、アメリカ合衆国テキサス州ダラスに生まれる。早稲田大学理工学部を卒業後、有名総合商社に勤務するも、早々に退職。輸入時計販売業を始める。一期一会を噛みしめながら、一本、一本丹念に販売実績を積み上げてきた。輸入時計を通じて広げた人脈には成り上がり、強者もいれば、化け物もいる。猛者たちとの対峙が己の人生を形作ってきたと考え、本書「高級時計 千夜一夜物語」を書き下ろした。

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 この婦人会は「無尽会」と言った。なぜそのような名称なのか?
 山元母娘に尋ねたことはない。
 契 (けい)という朝鮮の伝統的な相互扶助組織がある。複数名でグループを作って、毎月といった定期的な形で一口いくらと決めた金額を積み立てていく。
 日本に渡ってきた「彼ら彼女」は異国の地で財を成すべく組織を作り、定期的に定額を出資し、会員のいずれかが金銭面で苦境に遭遇したときにはその積立金で救済する。
 形式は朝鮮の「契 (けい)」を踏襲しているが、会の名称は日本の「無尽講」に因んでいるのは、日本で勝負する覚悟の現われなのか?
 あくまで私の想像である。
 そうやって強固な連体意識を作り上げ、成り上がってきたがために同朋意識が一際強い。
 従って統領が身に着けるものと同じものを身に着けたい、という意識が働く。

 山元母氏の琴線に触れたイタリア製のK18ダイヤモンドチョーカーに他のご婦人方が群がったのは当然の流れである。しかも支払いはその場で現金で行われた。全員が全員、支払可能なキャッシュを持参していたのである。
 これにも驚きであった。

 回収した現金を持って、その足で毒島氏のオフィスに行くとさすがに仰天していた。
 毒島氏に仕切り金額を手渡すと、万面の笑みを浮かべていた。
「二人は凄いねぇ」
 “倒産物件”ということもあり毒島氏は相当な利益を上げているのだろうと思った。

 私も鮫島も気持ちが高揚し、毒島氏のオフィスを出た後、勢い付いて新宿の家電量販店に向かい、そこで各々ROLEXを購入した。
 私が16233G10Pダイヤブラック、鮫島は16613LB所謂「青サブ」である。
 そして、その勢いを保ったまま外車販売会社に勤める友人のもとへ向かい、その日のうちにドイツ車の契約までをも済ませてしまった。

 毒島氏との取引は、なんとこれが最初で最後になってしまった。
 これこそ正真正銘、一度きりのビギナーズラックだ。

 そして、しばらく経ってから毒島氏からオフィスへ呼び出された。
「俺はもうダメだよ」
 突然の毒島氏の申し出に私たちは言葉を失った。
 毒島氏の主要顧客はバブルの紳士たちであった。
 バブルが次々に弾け飛んだ、という。
 石を当てる的が目に見えて減少していったそうだ。
 私と鮫島の腕のROLEXにちらりと毒島氏の視線が行く。
「チョーカーの商売、結構儲かったでしょ?」
(いやいや、あなたの方が何倍も儲けたでしょうに)
 と、商品を借りた立場を棚に上げて身勝手なことを考えていた。
「だからさぁ、金貸してよ」
(えっ? そうくる?)
「キング」の「キャラ」であるはずの毒島氏からは決して聞きたくない言葉だった。
 創業間もないのと、後先考えずにROLEXとドイツ車を購入してしまった経緯もある。
「いやぁ、ボク達には全然、余裕がないですよ……」
 と隠すことなく現状を口に出すと、不機嫌そうに威丈高な口調となり、
「お前らさぁ、誰が面倒見てやったと思ってんだよぉ」
「キング」の「キャラ」が目の前であえなく瓦解していく。
 毒島氏の言うことは間違いないが、カッコいいままでいて欲しかった。

「じゃあ、根性見せてこれ買いなよ」
 と金庫から100キャラットを超えるアクアマリンを出してきた。
「こ、これですか!? 全然売る自信がないです。」
 売れるイメージが全く思い浮かばなかった。
「すぐに売らなくてもいいんだよ。持っていればいずれ大化けするから。投資だと考えて、ここは思い切ろうぜ」
「ちなみに……おいくらですか?」
「2000万といいたいところだけど100万でいいよ。持っていれば億に化けるよ」
 数字の整合性が全く理解出来ない。

 ジュエリーに加工するにはサイズが大き過ぎて、しかも致命的なのはその厚みである。
 厚過ぎる石は高さが出るので製品には向かない。
 リカットするのに時間も費用も要する上に、目方が小さくなる。
 100キャラットという「石目」も残しておきたい。

 使い道のない、今では市場価格が20万円にも満たない巨大なアクアマリンは、数十年経った今も座敷童のように弊社の金庫に住み続けている。

【連載】小説「高級時計 千夜一夜物語」

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