「失われたバンクシー あの作品は、なぜ消えたのか」ウィル・エルスワース=ジョーンズ著 毛利嘉孝翻訳 監修清水玲奈訳
「失われたバンクシー あの作品は、なぜ消えたのか」ウィル・エルスワース=ジョーンズ著 毛利嘉孝翻訳 監修清水玲奈訳
覆面ストリートアーティスト、バンクシーは30年にわたって、世界各地の街の壁やドア、歩道、交通標識、自動車や地下鉄車両、橋など、ありとあらゆるものに作品を描いてきた。
しかし、その作品はほとんど原形では残っていない。ストリートアートであるがゆえに、跡形もなく消えてしまう運命にあるのだ。
一方で、作品はその名声が高まるとともに、本人の意に沿わぬ形で売買の対象となり、アートディーラーによって、あるべき場所から撤去されてきた。
また、バンクシーを敵視する一部のグラフィティアーティストに上書きされ、破壊された作品もある。
本書は、そうして街から消えてしまったバンクシー作品を、その作品をめぐるエピソードとともに紹介するアートガイド。
2011年のある土曜日、バンクシーはプロの建設業者を雇い、ロンドン・メイフェア地区の廃ビルに足場を組み、作業する場所を防水シートで覆い、現場を監視する警備員役まで配備。日曜日の夕方に足場が撤去されると、ビルの壁の高所に描かれた絵だけが残されていた。
「ショップ・ティル・ユー・ドロップ(Shop 'til you Drop)」と名付けられた作品は、高所から転落しながらもスーパーマーケットのカートを離さない女性がリアルに描かれた傑作だ。
高所に描かれたゆえに、作品は手つかずのまま残されたが、結局、12年後に壁から取り外され、500万ドルもの高値で売り出されたという。
2006年のある日の早朝5時、バンクシーはロンドン中心部トッテナム・コート・ロードでニューススタンドの裏側の板に、両手でハケを持つ少年をステンシルで描き終えた。
この作品のモチーフは以前にもあり、少年が書くメッセージは毎回異なる。この時、バンクシーは絵に添えるつもりで用意していた気の利いた引用句を記したメモを忘れ、筆がとまったバンクシーに不安を感じて焦った見張り役が発した「何を(書くつもりなんだ)?(What?)」という言葉をそのまま描いたという。
屋台を営んでいた露天商はバンクシーのことを知らず絵が描かれた板は1000ポンドで人手に渡り、1年半後に25万ポンドで転売されたという。
バンクシー自身は作品は描いたままの状態にされるべきだとしているが、ベネチアの運河の水位ぎりぎりに描かれた「移民の子供(Migrant Child)」という作品は、行き交う船が起こす波によって洗われ、少しずつ消えつつある。「いずれ水没し、過去10年間に地中海で命を落とした多くの子どもたちと不幸にも同じ運命をたどる」ことに重要性があると主張する人もいるが、イタリア文化省は修復を望んでいるという。
希代のアーティスト、バンクシーの主要作品50余点の在りし日の姿と、それが消えてしまった場所を案内してくれる。
(青幻舎 2970円)



















