著者のコラム一覧
荒木経惟写真家

1940年、東京生まれ。千葉大工学部卒。電通を経て、72年にフリーの写真家となる。国内外で多数の個展を開催。2008年、オーストリア政府から最高位の「科学・芸術勲章」を叙勲。写真集・著作は550冊以上。近著に傘寿記念の書籍「荒木経惟、写真に生きる。荒木経惟、写真に生きる。 (撮影・野村佐紀子)

<37>この陽子が好き 幸せなときなのに孤独感が写っている

公開日: 更新日:

 5月17日は陽子の誕生日。この写真好きだね。この陽子、好きなんだよね。今、陽子の写真を1点選ぶとしたら、これかもしれない。ソファーでオレがすぐ隣にいて、膝の上には(愛猫)チロちゃんもいる。幸せなときなのに、ひとりなんだよね。孤独感が写っている。ひとりぼっちというのが写っているんだ。生と死が行ったり来たりして混ざりあっている。結局ひとりなんだという、そんな感じが写っているんだよね。陽子を初めて撮ったとき、「物思いに沈んでいる表情が良い」と言ったらしい。陽子がよく言ってたね。(「物思いに沈んでいる表情が良い、と言ってくれた。私はその言葉にびっくりして、じっと彼を見詰めていたような気がする。その時までの私の世界は、きっと、原色だっただろう。けれど、その原色は淡いニュアンスのある色に変わろうとしていた。一人の男の出現によって、季節がはっきりと区切られていくのを、密かに自分の心の中に感じていた。私、20才。彼、27才。冬の終わり頃だった。」写真集『わが愛、陽子』より〔1978年刊〕)

優しい光、やわらかい光っつうのは、女性をいちばん官能的にする

 1990年1月27日、陽子が先に逝ってしまった。子宮筋腫だと言われて手術をしたら子宮肉腫だったんだ。葬式のために選んだポートレートは、旅行に出かけたときの1枚。これは、たしか神戸だったと思うけどね。陽子とオレは、よく旅行してたんだよ。旅行して、ホテルに着くだろ、でさ、すぐ……するだろ、するんだよ、若いときっていうのはさ。夕方の4時とか5時頃になるんだね。で、風呂入って、夕飯に行こうってなるわけ。彼女、きちんとメイクして、ドレスアップしてね。オレもちゃんと蝶ネクタイなんかしてさ、ビシッとキメるわけ。その、陽が落ちるっていうか、陽が落ちかかったホテルの窓の光、やわらかい光に包まれたとこを撮るんだよ。優しい光、やわらかい光っつうのは、女性をいちばん官能的にするからね。メイクして、これからディナーに行くっていう前に一枚、パッて撮るの。そのときに撮った写真なんだよ、これ。

 そういうときはね、女として、女性としていい顔になっているんだよ。顔は変わりゆくものだから、その中からただひとつの表情、ただ1枚を選ぶっていうのは難しいことなんだけど、葬式用には、周りのみんなも彼女も喜んでくれる顔を選びたかったんだよ。だから、これがいいって決めたんだ。

 (構成=内田真由美)

最新の芸能記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    広陵暴力問題の闇…名門大学の推薦取り消し相次ぎ、中井監督の母校・大商大が「落ち穂拾い」

  2. 2

    志村けんさん急逝から5年で豪邸やロールス・ロイスを次々処分も…フジテレビ問題でも際立つ偉大さ

  3. 3

    (4)指揮官が密かに温める虎戦士「クビ切りリスト」…井上広大ら中堅どころ3人、ベテラン2人が対象か

  4. 4

    今なら炎上だけじゃ収まらない…星野監督は正捕手・中村武志さんを日常的にボコボコに

  5. 5

    「高市早苗総裁」爆誕なら自民党は下野の可能性も…“党総裁=首相”とはならないワケ

  1. 6

    志村けんさん急逝から5年、更地になった豪邸の記憶…いしのようことの“逢瀬の日々”

  2. 7

    佐々木朗希いったい何様? ロッテ球団スタッフ3人引き抜きメジャー帯同の波紋

  3. 8

    広陵辞退騒動だけじゃない!「監督が子供を血だらけに」…熱戦の裏で飛び交った“怪文書”

  4. 9

    広陵野球部は“廃部”へ一直線…加害生徒が被害生徒側を名誉棄損で告訴の異常事態

  5. 10

    (3)阪神チーム改革のキモは「脱岡田」にあり…前監督との“暗闘”は就任直後に始まった