(2)負けず嫌いで皮肉なガキ “婉曲の笑い”と“残酷な笑い”のルーツ
談志は落語の大衆離れを危惧していた
のちに立川流顧問をつとめ、談志に“兄さん”と慕われた色川武大は、一九六九年から阿佐田哲也の名義で「麻雀放浪記」を書き始めた。
この作品は“坊や哲”すなわち色川自身の体験をもとにした壮絶な博打小説だが、主要な舞台となる終戦直後の東京・上野不忍池周辺の風景として、焼け跡を行…
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