(43)小さく手を振り見送る母の姿に、涙が止まらなくなった

公開日: 更新日:

 東京での日常生活と実家で過ごす時間は、飛行機移動が必要という距離のせいもあり、完全に私の中では別物だ。誰もいない家にいると、両親が買い物にでも出かけているだけのような気がしてしまう。

 車の音が聞こえるたび、もうすぐ帰ってくるのでは、母が夕飯の支度を始め、父が新聞をめくりながら晩酌を始めるのではと無意識に耳を澄ましている。しかし、夜のとばりが降りてきても何も起きないのだ。

 母との面会では、もはや言葉らしい言葉は出なかった。問いかけに対してうなずくか首を振るだけだったが、無反応のことも多い。ある日、これから東京に帰るよと伝えると、急にその場から動かなくなったことがある。どうしたのだろうと戸惑っていたら、そばにいた職員さんが「さびしいというお気持ちなんですよ」と教えてくれた。帰り際、母は何度も小さく手を振った。その姿を見ていたら、涙が止まらなくなった。

 父宛てに市役所から届いた住民税の納税通知書を見て、ああ、確かに昨年はまだ生きていたんだもんなと思った。夢と現実のはざまで、季節だけは確実に進んでゆく。(つづく)

▽如月サラ エッセイスト。東京で猫5匹と暮らす。認知症の熊本の母親を遠距離介護中。著書に父親の孤独死の顛末をつづった「父がひとりで死んでいた」

■関連キーワード

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    八王子実践・河本ロバート監督「ライブや家族旅行も、事前に相談があれば休ませます」

  2. 2

    萩本欽一〈34〉私の“運”論 大谷翔平のカネを使い込んだ通訳に「小さな声で『ありがとう』」

  3. 3

    中居正広氏が熊本地震被災地を支援と報道 引退後も変わらないチャリティー精神と芸能界復帰の可能性

  4. 4

    高橋成美「渋幕→慶応」だけでは読み解けないズバ抜けた回転の速さ 世界選手権ペアで日本人初の銅メダル

  5. 5

    東京・赤羽、先行する第1地区に110メートル級、せんべろの1番街が丸ごと潰される危機

  1. 6

    バナナマン日村が簡単に復帰できそうにない「もう1つの理由」…レギュラー11本抱える人気者のジレンマ

  2. 7

    国害SNSを告発 森山裕・自民党前幹事長「高市おろし」キーマンに急浮上の裏…不快感に国境なし

  3. 8

    年金生活者を悩ませる墓問題 維持費も「墓じまい」の費用も払えない人はどうすればいいのか?

  4. 9

    「墓じまい」に悩むシニア 費用や遺骨の始末より問題になる「家族の愛憎問題」

  5. 10

    松本若菜「ジュラシック・ワールド」吹き替え《棒読み》論争再燃…暗雲漂う主演ドラマに新たな逆風