(43)小さく手を振り見送る母の姿に、涙が止まらなくなった
東京での日常生活と実家で過ごす時間は、飛行機移動が必要という距離のせいもあり、完全に私の中では別物だ。誰もいない家にいると、両親が買い物にでも出かけているだけのような気がしてしまう。
車の音が聞こえるたび、もうすぐ帰ってくるのでは、母が夕飯の支度を始め、父が新聞をめくりながら晩酌を始めるのではと無意識に耳を澄ましている。しかし、夜のとばりが降りてきても何も起きないのだ。
母との面会では、もはや言葉らしい言葉は出なかった。問いかけに対してうなずくか首を振るだけだったが、無反応のことも多い。ある日、これから東京に帰るよと伝えると、急にその場から動かなくなったことがある。どうしたのだろうと戸惑っていたら、そばにいた職員さんが「さびしいというお気持ちなんですよ」と教えてくれた。帰り際、母は何度も小さく手を振った。その姿を見ていたら、涙が止まらなくなった。
父宛てに市役所から届いた住民税の納税通知書を見て、ああ、確かに昨年はまだ生きていたんだもんなと思った。夢と現実のはざまで、季節だけは確実に進んでゆく。(つづく)
▽如月サラ エッセイスト。東京で猫5匹と暮らす。認知症の熊本の母親を遠距離介護中。著書に父親の孤独死の顛末をつづった「父がひとりで死んでいた」。