(3)カウンセリングは本当に効くのか…止まった歯車の再稼働を促す“よそ者”の意義
問題は、子供だけの中で完結しているわけではない。子供本人だけを何とかしようとしても、家庭、学校との関係、周囲の焦りや誤解がそのままでは、事態は好転しにくい。池田小学校事件後に当初叫ばれたのはカウンセラー増員だったが、実際には、子供だけをケアしても子供は立ち直らない、という事実が浮かび上がった。支えるべきは子供だけでなく、親であり、教師であり、学校という共同体そのものだった。このことは、不登校支援にもそのまま当てはまる。
特に重要なのが「親の関わり」だ。子供だけが支援を受けても、家庭が変わらなければ前進しにくい。原因を問い詰める、正論で励ます、「いつから行けるのか」と結果を急ぐ。逆に、腫れ物に触るように何も言えなくなる。こうした極端な対応は、回復を妨げがちだ。まず必要なのは、本人を無理に動かすことではなく、関係を切らないこと、家族自身の焦りを整えること、安心できる接点を保つことである。
カウンセリングは、苦しさの正体を見つけ、親子の関わり方を整え、学校との接点を無理なく保ちながら、次の一歩を回復していくアプローチである。どうしても今の学校が合わない子には、行かないという選択が必要なこともある。だが本当に大事なのは、その子が「学校に行きたくない」のか、それとも「行きたいのに行けない」のかを、丁寧に見極めることである。
カウンセリングを含め、不登校を支えるさまざまなリソースがある。本人が自ら望むならもちろんだが、親にも門戸は開かれている。まずは親だけでも相談してみてほしい。そこから歯車が動き出すことは少なくない。=つづく



















