田口光久さん<3>国際親善試合は三菱仕事獲得の営業活動

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 三菱重工サッカー部に入団した前年の1972年、日中関係は転換点を迎えていた。9月29日、北京を訪れていた首相の田中角栄と外相の大平正芳は、周恩来とともに日中共同声明に署名。国交が正常化した。

 実はその後の日中関係に大きな貢献を果たしたのが、三菱重工サッカー部であり、チームの正GKから代表GKへと駆け上がっていく田口氏だった。

「当時は、直行便がなくてな。香港と広州を経由して北京に入ったんだ。役員をはじめ重工のおえらいさん、監督以下チームのメンバーでな。重工が仕事を獲得するための営業だよ。企業スポーツは会社の知名度アップだけでなく、営業的な意味合いもあるから。うまく仕事が取れるようにするための地ならし的な意味あいで、相手国側のチームと親善試合をする。それが仕事。中国には車なんか一台も走っていない時代に、グループの三菱ふそうのトラックが100台ズラーッと行進するのは圧巻だったよ」

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