「スーパー赤ちゃん」「クローンペット」「不老長寿」「心の入れ替え」…命をカネで買う異様な世界にどう立ち向かえばいいのか
「『すばらしい新世界』スマホで赤ちゃんを注文する日」の著者、国際ジャーナリスト堤未果さんに聞く
著者の堤未果さんは、これまでも新自由主義の問題点を直視、格差社会への警鐘を鳴らし続けてきた。その堤さんが新たに選んだテーマは、テクノロジーで「生老病死」まで商品にする、世界最先端の現状と問題提起だ。新著「堤未果の『すばらしい新世界』スマホで赤ちゃんを注文する日」(集英社新書)には冒頭から衝撃のファクトが突き付けられる。一体これは時代の必然なのか、狂っているのか。
──まず、この「すばらしい新世界」というタイトルですが、これは約100年前に書かれたオルダス・ハクスリーのディストピア小説から取られていますね。このタイトルに込めた意味からお聞かせいただけますか。
ハクスリーの「すばらしい新世界」は、ジョージ・オーウェルの「1984」と並ぶディストピア小説の金字塔です。「1984」がビッグブラザーによる暴力や監視といった警察国家的な支配を描いたのに対し、ハクスリーが描いたのは、人々が科学至上主義や快楽や便利さを享受しているうちに、自ら自由を差し出し支配されていく監視・管理社会の完成形です。人々は自分が箱庭の中にいることに気づかない。まさに、スマートフォンやデジタルテクノロジー、AIによって、便利で快適な生活を送っている私たちが、その裏にある落とし穴に気づかずにいる現代に通じます。コスパ・タイパの進化と引き換えに、個人情報が微に入り細に入り収集されてゆく。グローバル化と科学万能論が超富裕層の欲望を正当化してゆきます。「デジタルファシズム」という本を書いた時、次は「遺伝子戦争」だと予感があって、愛読していた100年前のこのSFを読み返したら、文字通り今の時代を映す「預言書」、私自身ゾッとして、これは書かねばと、そのまま本のタイトルにしたのです。
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──小説では、社会の安定のために受精卵の段階から遺伝子を操作し、ピラミッド型の階級社会を作り出す世界が描かれています。そのディストピアを著者のハクスリーは精一杯の皮肉で「すばらしい新世界」と題したわけですが、そのディストピアがまさしく今、現代のテクノロジーによって現実になりつつある、と。
その通りです。バイオテクノロジーやAIの進化は目覚ましく、それ自体はすばらしいこと。しかし、その技術が「一部のエリートが社会を支配するのが最善だ」という、かつての優生思想と結びついたり、政府が自国民に対してそれを使用するケースを、想像してみて下さい。これらは実際に、国民の知らない間に、確実に進んでいるからです。これを見落とすと、私たちは、とても危険な未来に向かって進んでゆく可能性が高い。
「命が完全に商品にされている」
──堤さんの本の冒頭で紹介されている、マンハッタンの地下鉄広告の話は衝撃的でした。「IQは50%遺伝です」「もっと頭のいい赤ちゃんを」「あなたの最高の赤ちゃんを」といったコピーと共に、赤ちゃんの写真が駅構内にズラリと並ぶ。
はい、あれはニュークリアス・ジェノミクス社が出した広告です。彼らは、体外受精の際に遺伝性の疾患がない胚(受精卵)を選ぶ技術を応用し、IQや身長など、親が望む特性を持つ可能性が高い優良な胚を選べるサービスをビジネスにしました。
もともとは遺伝性の病気を事前に回避するという、医療目的で始まった技術が、お金さえ出せば「より優秀な子供」を選べるという商品に変えられてしまった。創業者は「すべての子どもが人生の最良のスタートを切る権利がある」と主張しますが、これは経済格差が遺伝子格差につながる、恐ろしい世界の入り口であり、「優秀」の価値観の押しつけにも繋がる。一部宗教団体からは批判が上がっていますが、命の誕生にまで人間が手を突っ込むことについて、立ち止まって考える暇もなくマーケットが広がっていく危険が見過ごされています。
──イーロン・マスク氏のように、自らの高いIQを持つ子供を増やすことが「人類のためだ」と公言するテックエリートもいます。多様性を否定したIQ至上主義そのものですが、彼らは本気でそう信じているのですね。
ええ本気です。彼らの中には「AIに人間が使われるのではなく、AIの進化を制御できるスーパーエリートを自らの手で生み出すことが正義だ」という、壮大な自己認識を持つ人々が少なくありません。 そこには「需要があるなら供給するのは当然」という市場原理と、「自然は人間が支配してよい」という西洋的な思想が根底にあります。私はこれを「戦略的なエリート再生産」と呼んでいます。
──衝撃は人間の赤ちゃんだけにとどまりません。亡くなったペットをクローン技術で「復活」させるビジネスも現実になっていると書かれていますね。
約700万円くらいでクローンペットを作製するサービスを提供する会社があり、これがハリウッドセレブの間でも人気のサービスなんです。猫好き仲間にこの話をしたところ、多くの人が「とんでもない」と即答するかと思いきや、「悪くないな」と真剣に悩む人が続出する始末。でも私もその気持ちはわかります。「家族同様の愛犬・愛猫にもう一度会いたい」という切実なペットロスを、資本主義は巧みに利用する。ここでもまた、命が完全に商品にされているのです。
──スーパー赤ちゃん、クローンペットと続き、次なるテーマは「不老長寿」。老化はバグ(不具合)であるという認識の下、その修正に富裕層が巨額の投資をしている。これがまた、凄いビジネスになっている。
はい。今、シリコンバレーでは、老いを「修正すべき不具合」と捉えるデジタルマインドが主流です。年間2億円を投じて10代の肉体を取り戻そうとする実業家ブライアン・ジョンソン氏は有名だし、若い世代の血液を輸血して若返りを図り、細胞を移植し、認知症を予防し……規制をすり抜ける穴は多数あり、無限にビジネスが生まれる市場です。でも例えば、若い血ビジネスは、いわば他者の「生命時間」を富で買い取る行為に他なりません。けれどそんな批判が追いつかないほどに、この分野は今後ますますスピードアップしています。バイオテクノロジーの世界では老化や病気は再プログラミングできる「不具合」で、1歳年を取るスピードより速く1歳巻き戻せばいいという考え方だからです。
「すばらしい新世界」に飲み込まれないためには?
──「肉体」の次は何かと思ったら「心」でした。
そうです。現代社会では、落ち込みや不安、やる気の低下といった感情が「生産性を下げるバグ」として排除の対象。スマートドラッグとしての向精神薬の普及がその典型です。本来、悩んだり葛藤したりする時間は人間的な成長に不可欠なはずですが、企業や社会のスピードに合わせるため、人々は自ら進んで薬を求め、感情をコントロールしようとしている。これはハクスリーの小説で、不快な感情を消し去るために政府が配る架空の薬ソーマそのものです。
──労働現場でも、AIによる監視が徹底されている国が増えていますね。
アマゾンなどの企業では、センサーが労働者の動きを監視し、生産性が基準を下回ればAIが自動的に解雇通知を送るシステムが導入されています。人間がもはやパーツとしてしか扱われない、非情な効率化社会が、いよいよ完成に近づいています。
──日本でもマイナンバーカードの義務化や健康データの集約が進んでいますが、こうしたビックデータが監視社会に使われないとは言い切れません。
「健康寿命の延伸」という言葉は一見すばらしいですが、裏を返せば「健康でない者は社会のコストであり、悪である」という価値観の押し付けになりかねません。スマートウオッチで心拍数や血圧を常に監視され、そのデータが保険料や社会保障のコストと連動する。そうなれば、私たちは「不健康でいる自由」さえ奪われてしまう。国家や企業によるデータ管理は、善意の顔をしながら、じわじわと私たちの私生活の深部まで侵食しているもう一つの顔があるのです。自国政府だけでなく、大国(米露中)の間でも、すでに繰り広げられている熾烈な遺伝子戦争も、世界のパワーバランスを変え、人類史を塗り替えてゆくでしょう。
──このような「すばらしい新世界」に飲み込まれないために、私たちはどう立ち向かうべきでしょうか。
最も大切なのは、便利さや効率性の中でふと浮かんでくる「違和感」を大切にすることです。AIやバイオテクノロジーという魔法の裏で、私たちの人間性が少しずつ、でも確実に削ぎ落とされていくことを見落とさないように、意図的に立ち止まる慎重さを失ってはいけません。私の場合は、一番身近で起きた愛する者たちの「3つの死」が、目を覚まさせてくれました。本書を通じて、読者の皆さんが「人間にとっての本当の幸せとは何か」を問い直すきっかけになればと願っています。
(聞き手=寺田俊治/日刊ゲンダイ)
▽堤未果(つつみ・みか) ニューヨーク市立大で修士号。国連、米国野村証券を経て現職へ。「ルポ貧困大国アメリカ」で日本エッセイスト・クラブ賞と新書大賞。「デジタル・ファシズム」「日本が売られる」など著書多数。WEB番組「新・堤未果のアンダーワールド」を配信中。


















