「実は隠し子がいて…」と死の間際に言われたら、どうする?
しかし、よく考えてほしい。イギリスの生物学者リチャード・ドーキンスが著書「利己的な遺伝子」で説いたように、人間はしょせん、遺伝子の乗り物にすぎない。
社会的な契約や婚姻制度なんてものは、薄っぺらい紙に書いた文字の羅列。常識、社会のルールなんていうのは、単なる装飾品にすぎない。髪形、服装、メーク……何をやったって自分自身は変わらない。
「1000年後に自分のDNAがどれだけ残っているか?」
これこそが生物学的な勝負、基準だと信じている。
■“隠し借金”よりマシか
だから、シニアは自信を持って生きればいい。前述のケースはまれだとは思うが、全世界、いや全宇宙の歴史から見れば、自分の存在なんてちっぽけなもの。サル山のボスにもなれない。
「ごめん、本当は隠れ借金があるんだ。俺が死んだら、代わりにおまえたちが払ってくれ……」、これと比べたら、「どっちがいいのか?」は火を見るより明らかだ。
自分がいかに恵まれた存在であることを、いま一度、噛みしめるべきだろう。そして、何事もなかったように、余生を心穏やかに過ごせばいい。「生きた」という証拠を残すだけでも、十分な価値があったのだから……(過去形、笑)。

















