戦時中に軍需産業へ転ばなかったミキモトの真珠翁
ある時、「会社組織が嫌いだそうだが」と聞かれて、こう答えている。
「わしは自分のためでないと働かない人間だ。株式会社なんか誰のために働くのかわからんじゃないか」
太平洋戦争が始まった時、幸吉翁は83歳だったが、時局に便乗して軍需産業に転換する実業家が多い中で、翁はそれをやらず、もぐらが1匹、しっくい溝の中に死んでいるのを見ながら、
「もぐらが死んでいる。もぐらはやわらかな土の中に棲んでいるものだが、こんな固いしっくいの上に出て来たので、あんなことになってしまった。人にはそれぞれ歩むべき道がある。わしはわしの道を歩みつづけるつもりだ」
と言い切った。
こうして、あくまでも軍需産業への転換を拒む翁に「非国民御木本幸吉は之で切腹せよ」と白鞘の短刀を送ってよこした者もいるとか。
真珠業はつまり「平和産業」なのである。(敬称略)