KEC Miriz 冨樫優太社長(1)元塾講師が全国600のプログラミング教室「プロクラ」を率いるまで
「正直アルバイトの内容はなんでもよかったんです。時給が高いものを探していて、そのときに見つけたのが塾講師でした」
そんな現実的な理由で何げなく始めた仕事だったが、日に日に面白さに気づき、これが彼の人生の軸となる。
「子どもたちに勉強を教えるということは、その子の人生に関われるということなんですよね。他人の人生にこんなに深く関われる仕事って教育以外にあまりないと思うようになりました」
大学4年時にはIT企業への就職も決まっていたが、アルバイト先の塾の役員から「満足するまで『教育』をやりきったのか?」と問われたことで、その考えは揺らぐ。
「まだ子どもたちにできることがあるのではないか」と自問し、「いや、まだやりきっていない」と確信に変わったことで、教育の道に進み続けることを決意。アルバイト先だった大手学習塾に社員として入社。その後、33歳まで勤務した。
「塾講師になって、自分のやったことが生徒や親御さんという相手方に返っていくということを痛感しました。自分にだけ返る世界ではない。だからこそ仕事をやるからには絶対に手を抜かない、努力を惜しまず一流になってやるんだと決めて社会人になりました」
現場で培われたこのプロ意識は、その後の経営人生においても変わることはなかった。 (つづく)
(鈴木実夏/ライター)



















