HIROTSUバイオサイエンス 広津崇亮社長(1)線虫がんリスク検査を発明した“科学者CEO”
少年野球チームに所属し、放課後はひたすら練習に打ち込んだ。
「負けず嫌いの性格だから、努力する。やるからには一番になりたいみたいな気持ちがあって」
エースで5番、チームの“ホームラン王”だったというが、1985年に地元の公立中に進むと同時に、野球はきっぱり諦めた。
「最初は遠投も速球も同級生の中ではズバぬけていたんですが、小6の頃にはだんだん追いつかれてきちゃって。自分は早熟型なんだな、野球選手にはなれそうもないなと“才能の限界”に気づいてしまったわけです。決断は速い方だと思いますね」と苦笑する。
それで中学ではテニス部に。冗談めかして「モテそうだったからです」と言いつつも、3年間頑張って、府大会出場の一歩手前で涙をのんだ。
その一方で、中学から塾にも通い始めた。
「周りも受験をどうするかって雰囲気になってくるんで、何となく、ですかね。塾の成績で大体、どの高校が合格圏内なのかも分かりますし」


















