著者のコラム一覧
田口光久サッカー解説者

1955年2月14日生まれ。秋田県出身。秋田商高から三菱(現浦和)入り。76年に日本代表入りを果たし、日本代表Aマッチ59試合に出場。B、Cマッチを含めると161試合で代表守護神として活躍した。現役を引退する84年まで代表主将を務め、引退後は秋田経法大付属高、青森山田高、遊学館高、国際学院高サッカー部監督を歴任した。

中東に出掛けて“接待サッカー”をやったことを思い出した

公開日: 更新日:

 UAEで開催されたアジアカップをテレビ観戦しながら、40年ほど前の記憶が蘇ってきた。三菱サッカー部でプレーするようになって4年目だったと思う。「中東に行ってサッカーをやってもらう」と言われた。これがまたビックリの“接待サッカー”だった。 

 当時、三菱は中東の産油国に向けて石油精製工場などのプラント(産業設備)輸出を手掛けていた。三菱の敏腕サラリーマンと一緒にサウジ、カタール、UAE、イラクなどに出掛けた。彼らが相手国の政府要人とタフな交渉をしている間、我々は地元クラブと親善試合である。

 サッカーは世界の共通言語。距離感がグッと縮まり、ビジネスの面でも確実にプラスになったと確信している。

 夜は、王室が主催する豪華絢爛パーティーに出席。印象深いのが「王子の手」だった。握手したら柔らかいのナンのって「ナイフとフォークよりも重たいモノを持ったことがないのかな?」と本気で思ってしまった。

 あの頃の中東サッカーは、お世辞にもレベルは高いとは言えず、お家芸のカウンター攻撃は偶発的だし、チーム戦術が希薄なクラブばかりだった。

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    中森明菜が完全復活 結果的に長期休養がその価値を上げたが、応えられるだけの資質を持っていた

  2. 2

    萩本欽一〈46〉斉藤清六が泣きながら持ってきた1000万円、追い返そうと思って貯金額を聞いたら驚いた

  3. 3

    ドジャースは“大谷抜きポストシーズン”を想定か…指定席「1番・DH」に21歳デポーラ

  4. 4

    大苦戦「うたコン」がテレ東音楽祭と昭和歌謡に寄せて復活のノロシ! 矢沢永吉、井上陽水の名曲も次々と…

  5. 5

    日本ハム助っ人レイエスに「70万ドル請求訴訟」 タティスJr.も敗れた“収入10%契約”の落とし穴

  1. 6

    米長期金利ついに5%突破…いよいよ懸念される「アメリカ発の世界不況」

  2. 7

    巨人は逆転Vでも橋上監督代行の昇格「まずない」…阪神超え勝率でもこだわる“時代遅れの純血主義”

  3. 8

    『レボリューション』ではニッキー・ホプキンスのエレピソロに耳を澄ませてほしい

  4. 9

    阪神vs巨人《超低レベル》デッドヒートの行方と、虎V確率「80%」の根拠

  5. 10

    共産・田村智子氏の涙は「感情的」と批判続出、高市首相の涙演説はスルー…女性政治家の「涙」奇妙なダブスタ