仁志敏久は“大人の事情”で五輪代表漏れ…とても悔しそうな表情が今でも忘れられない

公開日: 更新日:

 当時、遊撃手だった仁志は、日本オリンピック委員会(JOC)の強化指定選手に選ばれるほど、能力が高く評価されていた。バルセロナだけに限らず、将来の日本代表をリードしていく立場にある選手だと思っていた。合宿や遠征時のミーティングでは、小久保とともに一番前に座り、一言も聞き漏らさない、といった感じで熱心にメモを取っていた。

 しかし、最終的に仁志は代表入りしなかった。というよりもむしろ、仁志を入れることができなかった。

 当時のアマチュア野球界の組織の問題が少なからず影響した。五輪の公開競技だった野球は86年に、6年後のバルセロナ五輪から正式競技になることが決定した。これによってJOCに所属することになり、90年に日本代表を編成するための組織として、今の私が所属する「全日本野球協会」の前身である「全日本アマチュア野球連盟」が発足。学生野球、社会人野球のアマチュア野球組織を代表する形でJOCに加盟した。

 その一方で、大学野球と社会人野球はそれぞれ、独立した連盟組織としての長い歴史を歩み、それぞれの組織に理念や文化がある。たとえば大学(高校も含む)には「学生野球憲章」があり、学生野球はあくまで教育の一環で、野球が学業を妨げてはならないとされている。五輪へ参加するためには、直前のイタリアでのコロンブス大会への参加を含め、約1カ月間の長期遠征となり、当然、学業にも支障をきたすことになる。

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    佐野勇斗は書道六段で英語も堪能 愛知県立岡崎西高校から明治学院大英文学科へ

  2. 2

    秋には「ミヤネ屋」降板するのに…宮根誠司が今も「嫌いな司会者」でダントツのなぜ

  3. 3

    嵐が去った後に340万人のファンが向かう先…Snow Man、M!LKに次いで有力“不祥事グループ”「ACEes」に募る不安

  4. 4

    これが日本の「中流」サラリーマン転落の軌跡 年金の「繰り上げ受給」を選ぶのは、お金と仕事がない人

  5. 5

    巨人・坂本勇人「引退→即監督就任」に現実味 数々の女性問題にも動じぬ“精神力”が好材料に

  1. 6

    最重鎮OB廣岡達朗氏が巨人を一刀両断「野村克也の教え子がシーズン終了まで代行なんて冗談じゃない」

  2. 7

    絶好調!巨人・阿部慎之助を支える最強あげまんグラドル小泉麻耶

  3. 8

    巨人・橋上秀樹監督代行とは何者か…原辰徳氏には干され、阿部監督が心酔した“野村ID野球”の継承者

  4. 9

    「おい、オマエ、挨拶に来てねえよな!」納会の二次会でラーメンをすする牧田明久にお灸を据えた

  5. 10

    (1)阿部監督の暴行事件は巨人にとって“渡りに船”だったか…異様に早い「解任判断」の裏側