町野修斗〈前編〉想定外の珍プレーで一発退場「ホントに宇宙人なんです」(履正社高監督・平野直樹)
FW町野修斗(ドイツ1部 ボルシアMG/27歳)
4年前の前回カタールW杯では追加招集で本大会メンバーに滑り込みながら、結局は出番なしに終わった。誰よりも「次は必ず檜舞台でプレーしてやる」という思いは強いはずだ。教え子の成長過程をつぶさに見てきた高校時代の恩師が語る──。
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──町野は三重県伊賀市の出身。履正社に来た経緯は?
「僕は2003年から履正社の監督を務めていますが、その1期生が、町野が中学時代にプレーしていたFCアヴェニーダソルでコーチをしているんです。その縁で紹介を受け、練習に来てもらった形です。当時はボランチをやっていたのですが、僕は『この選手はFWで面白いんじゃないか』と感じた。入学当初はコーチたちがボランチで使っていたんですけど、『彼はセンターFWだよ』と伝えて、最前線で育てていこうと決めました」
──なぜそう思ったのですか?
「まだ線は細かったですけど、身長も高いし、左右の足でボールを蹴れるし、センスがあるなと感じました。FWの育成は日本の課題ですし、後ろに下げるのはいつでもできる。そこでトライしたいなと考えたんです。町野が中学までボランチだったのは、ボールをたくさん触れるからでしょうね。お山の大将の選手は『俺にボールを預けろ』というスタンスですし、自ずとそうなっていったのかなと思います。でも15歳の時点では有名ではなかった。東海選抜に入ったことがあったかもしれないけど、割と我が強いタイプだったんで、定着しづらかったのかな、という気がします」
──履正社は越境入学になりますね。
「当時は寮がなかったので、近所のアパートで1人暮らしでした。食事は野球部OBがやっている食堂で食べさせてもらっていましたが、洗濯や片付けを自分でやり、自立心は養われたと思います。彼の両親は凄くしっかりしている人で三重から週末には応援に来ていました。お父さんは三重県国体選抜に選ばれたサッカー選手、お母さんはバレーボール経験者。身長が高いのはお母さん譲りですが、サッカーの基本技術の高さはお父さんの英才教育によるところが大でしょう」
──1年から試合に使ったんですか?
「2つ上に林大地(G大阪FW)と田中駿汰(C大阪MF)がいるチームだったんですけど、高いレベルを経験させようと思ってメンバーに入れました。大地は少年の頃、自転車に乗りながら『俺はサッカーが好きだ!』と叫びながら走っていたというエピソードがあるくらいの生粋のサッカー小僧。その先輩からFWとしての姿勢を学んだ部分は少なからずありますね」


















