町野修斗〈後編〉中澤佑二に怒鳴られ自ら“反省坊主”にした男の大きな転機(履正社高監督・平野直樹)

公開日: 更新日:

FW町野修斗(ドイツ1部 ボルシアMG/27歳)

 国内3チーム、海外2チームでプレーした町野のハイライトのひとつが、北九州をJ3からJ2に引き上げた2019~2020年の2シーズンの好パフォーマンスだろう。そこから急浮上してカタールW杯を射止めた男は、北中米W杯メンバー入りはなるのか? 引き続き恩師に聞いた──。(前編から続く)

  ◇  ◇  ◇

 ──高2以降の町野選手は履正社のエースFWとして活躍しました。

「中心選手の自覚は増しましたね。2年の時の高校総体は8強まで勝ち上がりましたし、点も取っていた。この年は黒田剛監督(現町田)率いる高校選抜にも選ばれて、FUJI FILMスーパーカップの前座でも点を取りましたが、スイッチが入るともの凄い活躍ぶりでしたね。それでも3年になってからも、僕に怒られることが結構ありました。前でただ待っているだけとか、ボールに触りたいから下がってくるとか、FWとしては物足りない部分があったのは確かです。『もっと前で頑張れ』『守備をしろ』とも言いましたが、その重要性に本当の意味で気づいたのはプロになってからでしょう」

 ──高校卒業後はマリノス入りしました。

「先輩の林大地(G大阪FW)や田中駿汰(C大阪MF)は大阪体育大に進みましたが、町野はもともとプロ志向が強かった。マリノスが熱心で、他からも声をかけてもらいましたけど、練習はマリノスしか行かなかったと記憶しています。『まずはプロにトライしてほしい』と思って送り出しましたが、試合にはまったく絡めなかった。練習に遅刻して大先輩の中澤佑二(解説者)に怒鳴られ、自ら坊主にしていったことがあったようですけど、羽目を外してしまうお調子者の一面があったのは確かです(苦笑)」

 ──2019年にはJ3・北九州にレンタルされます。

「そこで小林伸二さん(長野監督)に出会ったのが最大の転機でしょう。本人は『J3ならすぐに試合に出て活躍できる』と思っていたら、ディサロ燦シルヴァーノ(山形)ら野武士のような大卒選手が数多くいて、そう簡単にはいかなかった。『これはまずい』と危機感を抱き、本気スイッチが入ったんだと思います。伸二さんは厳しい監督なので前からのプレスはもちろんのこと、前線で体を張ってタメを作る仕事も強く求めたはず。僕に怒られていたことが、少しは理解できたんじゃないかな、と感じます」

 ──2019年J3で30試合8得点を挙げ、北九州のJ2昇格に貢献。2020年J2でも32試合出場7ゴールと活躍し、2021年には湘南に移籍しました。

「本人もいわゆる『職業選手』としての自覚を持てたから活躍できたし、湘南にも行けたと思います。そこで2022年E-1選手権の日本代表に選ばれて得点王に輝き、カタールW杯にも呼ばれた。でも当時の町野は『代表はチームが出来上がっているから自分の入る余地がない』とぼやいていました。僕はそういうできない理由を探すのは好きじゃない。『自分のキャラクターを出して立ち位置を作って行けばいい』と言いましたけど、サッカー選手はその繰り返しですよね。幸いにしてカタールW杯では長友(佑都=FC東京)を見習って盛り上げる役割に徹していたと聞いています。自分も『4年後の2026年は自分が引っ張っていくんだ』と決意を固めたはずです」

「ハードワーク、ロングスロー、FK…盛り上げ役もこなせる」

 ──第2次森保ジャパンでは定着が遅れました。

「2023年夏にキールへ行って2部から1部に上げて、やっと再び呼ばれるようになった印象です。が、今のボルシアMGで苦しい立場にいることもあって、出場機会が限られている。町野は生粋の9番タイプではなく、2トップでやった方が生きるタイプです。湘南でも、大橋祐紀(ブラックバーン)と良好な関係性を築いていましたが、1トップの日本代表では起用法が難しいのかもしれません。でも得点センスはあるし、ドイツに行ってメチャクチャハードワークするようにもなった。ロングスローを投げたり、FKも蹴れますし、いろんな仕事ができる。カタールで盛り上げ役を経験した通り、周りを明るくすることも可能です。ひとつのチャンスをつかみさえすれば、一気に行けるはず。そう信じています」

 ──履正社にとっては最初のW杯選手です。

「そうなんです。前回W杯に行ったことで後輩たちに夢を与えてくれましたが、次はピッチに立ってゴールという結果を残すしかない。3月のイングランド戦でウェンブリーのピッチに立ったのを見た時も感動しましたが、W杯はまた別物。町野には、その大舞台を実際に経験してほしいと願っています」

 ──平野監督はガンバユース時代に宮本恒靖(JFA会長)、稲本潤一(川崎FRO)、大黒将志(奈良監督)、星稜高校時代に本田圭佑(来季からジュロンFC)を指導してW杯出場につなげました。

「日の丸を背負う選手を育てるのは、育成に携わる指導者にとっての大きな夢。23年前に履正社に来た時も、そう考えて1からチームを作り始めました。最初は関西のJクラブでユースに上がれない子を集めてスタートして、東京五輪代表の大地、カタールW杯代表の町野を送り出すまでに至りましたが、決して歩みを止めてはいけない。今後は選手育成もちろんのこと、指導者も育てていかないといけない。日本サッカーに貢献できるように努めていきます」

(聞き手=元川悦子/サッカージャーナリスト、絹見誠司/日刊ゲンダイ

▽まちの・しゅうと 1999年9月30日生まれ、27歳。三重・伊賀市出身。地元クラブのFCアヴェニーダソルから大阪・履正社に進学。卒業後にJ1の横浜M入り。19年J3の北九州でクラブ初のJ2昇格に貢献。21年にJ1・湘南に完全移籍。22年に13ゴールを決めてJ1得点ランク2位(日本人選手単独首位)。23年6月にドイツ2部キールに移籍し、同クラブの1部初昇格の原動力となった。25年7月、1部の古豪ボルシアMGに4年契約で引き抜かれた。22年7月に日本代表初招集。同年東アジアE-1選手権で代表デビュー。22年W杯カタール大会に追加招集されたが、出場機会なしに終わった。

▽ひらの・なおき 1965年11月2日生まれ、61歳。三重県出身。四日市中央工高3年次に高校総体優勝。冬の全国サッカー選手権ベスト4。元ユース日本代表。順天堂大卒業後にJSL松下電器(現Jガンバ大阪)入り。プロ化によってガンバ大阪に移行した92年限りで現役引退。ガンバ、仙台でユース監督など歴任後、03年に履正社高サッカー部創設と同時に監督に就任した。18年には日本高校選抜の監督としてドイツで開催された国際ユース大会でチームを優勝に導いた。

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