あの落合博満さんや桑田真澄さんですら緊張でガチガチ…重苦しい空気を変えた長嶋茂雄さんの一言
元巨人の橋本清氏(評論家)による「僕だけが書けるスター選手の真実」(第10回=2004年)を再公開
日刊ゲンダイではこれまで、多くの球界OB、関係者による回顧録や交遊録を連載してきた。当事者として直接接してきたからこそ語れる、あの大物選手、有名選手の知られざる素顔や人となり。当時の空気感や人間関係が、ありありと浮かび上がる。
今回は故・長嶋茂雄氏について綴られた、元巨人の橋本清氏(評論家)による「僕だけが書けるスター選手の真実」(第10回=2004年)を再公開。年齢、肩書などは当時のまま。
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ボクはほとんど眠れないまま、宿舎のベッドから這い出した。試合開始まであと数時間。ボクの体はすでに、緊張でガチガチだった。
忘れもしない、1994年10月8日。129試合を消化し、巨人は首位に立っていた。同率で首位に並ぶ中日もこの日が最終戦。ともに69勝60敗で並んだ両球団は、この試合に勝てば優勝という球史に残る大一番を迎えようとしていたのだ。
ナゴヤ球場へ出発する前のミーティング。都ホテルの大広間に集まった仲間の顔を見て、ボクは少しホッとした。先発3本柱として絶対的な力を誇示していた槙原さん、斎藤雅さん、桑田さんが硬い表情で現れる。前年オフに導入されたFAで中日から移籍してきたあの落合さんまでが、明らかに緊張していた。
オレだけじゃない。あの桑田さんや落合さんですら眠れなかったんだな。そう考えると、ほんの少しだが、気持ちが落ち着いた。そこへ、長嶋監督が現れた。緊張で硬くなった選手の顔を見回し、こう切り出した。
「大丈夫だ。絶対に勝てるから。心配するな」
表情は引き締まってはいたものの、緊張した様子はない。むしろ、目をらんらんと輝かせ、今からの試合が楽しみで仕方がないといったふうにすらボクには映った。
「オレたちはこれまで、こんなに頑張ってきたんだ。大丈夫、大丈夫。向こうの方がプレッシャーあるんだから」
監督は現役時代、そのプレッシャーのかかる場面になればなるほど力を発揮した。逆境をチャンスに変え、ファンを熱狂させた。これが長嶋茂雄という人なんだ。
同率の首位だったが、窮地に立たされていたのは巨人だった。投打の歯車ががっちりかみ合って開幕から独走し、前半戦終了時点で2位に8.5ゲーム差をつけて折り返した。が、8月の後半から勝てなくなり、ついにあと1試合で中日に追いつかれた。その上チーム状態が最悪なのだから、選手が緊張しないわけがない。その緊張感が、自信に満ちあふれた長嶋監督の表情、言葉によって、スーッと引いていった。
この試合、ボクの登板が告げられることはなかった。前年に続いてチーム最多の52試合に登板。セットアッパーとして結果を残していたが、ブルペンで肩をつくるだけで終わった。長嶋監督は先発の槙原さんから斎藤雅さんにつなぎ、最後は桑田さんを投入。執念の継投が実り、巨人は6-3で中日を下した。
在任中、采配のことでいろいろと言われた長嶋監督だが、長嶋監督でなければたった一言でチームを変えることなどできなかった。かと思えば、シーズン中のミーティングでまじめな顔をして「下ネタ」を連発することも珍しくなかった。
▽はしもと・きよし 1969年、大阪府生まれ。PL学園3年時の87年に立浪(中日)らとともに甲子園で春夏連覇を達成。同年のドラフト1位で巨人に入団し、リリーフ投手として活躍。01年にダイエーに移籍。現在は野球評論家。



















