著者のコラム一覧
森雅史サッカージャーナリスト

佐賀県出身。久留米大付設高から上智大。サッカーダイジェスト編集部を皮切りに多くのサッカー雑誌の編集に携わり、2009年の独立後も国内外精力的に取材を続けている。「Football ZONE」「サッカー批評web」などに寄稿。FM佐賀で「木原慶吾と森雅史のフットボールニュース」。「J論プレミアム」「みんなのごはん」を連載中。「日本蹴球合同会社」代表。著者写真は本人提供。

松永成立〈後編〉鈴木彩艶の登場と高度な指導体制で日本のGKは新たな黄金時代に突入した

公開日: 更新日:

松永成立さん(元日本代表GK/63歳)

【前編】からつづく)

 日本代表のゴールマウスに立つ鈴木彩艶の姿を見ていると、GKというポジションの概念が、次なるフェーズに突入したことを痛感させられます。

 身長190センチを超える恵まれた体躯に、180センチ台の選手と遜色ないスピードと瞬発力を備える。 体重100キロ近い大柄な選手が、小柄な選手と同等の速さで動けるのであれば、自ずと守備範囲は世界基準へと広がります。その身体能力は、もはやヨーロッパのトッププレーヤーと同等の次元にあります。

 もちろんまだ成長しなければいけない部分はあります。たとえば2023年10月17日の日本代表デビュー戦ではバックパスを空振りし、ゴール前にボールが抜けてしまうという状況を作ってしまいました。

 2024年のアジアカップなどでも、彼のプレーに対して厳しい声が上がったことも承知しています。しかし、若くして代表の重圧を背負い、不慣れな環境でミスが生まれるのは避けて通れない道です。

 私自身、初めて代表に呼ばれた頃の緊張感は、今でも痛いほど覚えています。画面越しに見ていた先輩たちと同じピッチの上に立ち、一発勝負の試合に臨む心境は、年齢に関係なく過酷なものです。

 これまでのことは、すべて成長のための糧に過ぎません。ボールの思わぬ変化や弾きどころの不運を粗探しするのではなく、彼の持つ圧倒的な潜在能力を信じて、時間をかけて見守るべきだと私は考えます。

 かつての私たちの時代、GKに求められたのは「シュートを止めること」の一点に尽きました。過程はどうあれ、ゴールに入れさせなければ評価された時代です。

 ところが現代のGKは、攻撃の起点としての役割、すなわち「つなぎ」の精度までが厳格に査定の対象となります。

 アンジェ・ポステコグルー監督のもとで指導に当たっていた頃、彼は「攻撃はキーパーから始まる、守備はセンターフォワードから始まる」と明言していました。

 当時の横浜F・マリノスでは、前年度から戦術が180度変わり、ハイラインの背後を広範囲にカバーし、ボールを持てば即座に正確なパスを供給することが求められました。

 ポジショニングの基準を点と線で結び、膨大な映像を分析してトレーニングメニューに落とし込む。朴一圭のようなタイプのGKがハイラインの裏を死守する際も、どこに立つべきかの基準がどこにもなかったため、90分間の映像を繰り返し見て理論を確立させるしかありませんでした。

「選手個人の努力はもちろんですが、それ以上に…」

 負けた後のスタッフミーティングは1時間以上に及ぶこともあり、指揮官の機嫌を察しながら、どんな質問にも答えられるよう徹夜で映像を準備することもありました。 今の日本のGKの質が引き上げられたのは、こうした過酷な要求に現場が応え続けてきたGKコーチが、多く存在した結果でもあります。

 今、日本のGKが「弱点」と言われることはほとんどなくなりました。 それは選手個人の努力はもちろんですが、それ以上に日本人GKコーチたちの質が、明らかに向上した成果である。

 私はそう強調したいと思います。

 後輩たちの指導論を聞いていても「なるほど」と唸らされる場面が多々あります。

 シュートを止めるための構え、姿勢、立ち位置。そして最速で動くためのステップワーク。

 人間は2本の足で立っている以上、状況に応じてクロスステップやサイドステップ、あるいは逆モーションへの対応を論理的に整理する必要があります。

 重心の高さや手の位置をわずかに指摘するだけで、選手の守備範囲は見違えるほど広がります。こうした指導の手腕こそが、今の日本代表の安定感を生んでいるのです。

 GKは最近、PK戦での活躍が注目されることも増えました。守護神が脚光を浴びるのは喜ばしいことですが、本質はあくまで90分間のパフォーマンスにあります。PK戦で強いからといって、それが良いGKの全条件ではありません。

 90分間の良質なパフォーマンスが、PK戦の結果によって消されてしまうのは違う。まずは90分の中でいかに正確な動作を完遂できたか。PK戦はその延長線上にある「トータルな評価」の一部として捉えるべきです。

 こうした視点を持つファンが増えれば、日本のGK文化はさらに成熟していくはずです。

 かつて森下申一さんや松井清隆さんが出てきて、そこから私や川口能活楢崎正剛川島永嗣権田修一へと血脈は受け継がれてきました。

 鈴木彩艶のような稀有な才能が登場し、それを支える高度な指導体制が整いつつある今、日本の守護神は新たな黄金時代を迎えようとしています。 指導者の手腕によって選手の質も決まる。世界基準の「個」と日本独自の「緻密な指導」の融合が、ワールドカップの舞台で日本を救う決定的な一打になる──。

 私はそう確信しています。(おわり)

(聞き手=森雅史/日本蹴球合同会社)

▽松永成立(まつなが・しげたつ) 1962年8月12日生まれ。静岡・浜松市出身。野球少年から小6でサッカーを始め、長身を見込まれてGKに。地元の浜名高から愛知学院大。卒業後に日産自動車サッカー部(現横浜マリノス)に進み、88年からJSL2連覇に貢献した。87年に代表デビュー。90年イタリアW杯アジア予選(89年)では正GKとして全試合に出場した。その後は代表から外れることもあったが、92年のオフト監督就任以降は正GKに復活。94年アメリカW杯の最終予選「ドーハの悲劇」を経験した。JFL仙台、京都などでプレーして2000年に引退。横浜マリノスでは07年から25年5月までGKコーチを務めた。

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