著者のコラム一覧
三島邦弘

ミシマ社代表。1975年、京都生まれ。2006年10月単身、ミシマ社設立。「原点回帰」を掲げ、一冊入魂の出版活動を京都と自由が丘の2拠点で展開。昨年10月に初の市販雑誌「ちゃぶ台」を刊行。現在の住まいは京都。

「けもの道の歩き方」千松信也著

公開日: 更新日:

 ミシマ社京都オフィスから車を30分も走らせれば京北町に着く。昨夏、会社の合宿で訪れると、澄んだ空気と満天の星空にすっかりやられた。1週間後、再訪熱に浮かされ、家族を連れて向かった。夕食後、無人の宿に着くと、暗闇に突如現れたのが3匹のシカだった。その距離、数メートル。

 そのとき多少びくつきつつも、冷静に「噂は本当だったんだ」と思った。その噂とは、(林業中心のこの町では)人の数よりはるかにシカの数が多い! たしかに事実ではあるが、自分の理解がいかに浅薄か、その時点ではまだ知らずにいた。

 著者は、私より1歳上の74年生まれ。京都在住(面識はないが大学の先輩)。銃ではなく、わな猟を専門とする猟師である。ただし専業ではない。現金収入は地元の運送業で得、「自分で食べる肉は自分で責任をもって調達」する。私たちが肉屋やスーパーで肉を「買う」のに対し、森がその調達先であるわけだ。

 そんな若手猟師の目になってひとたび近隣の山々を歩きだせば、シカ、イノシシ、サル、クマ、キツネ……「けもの道」がすぐそこにあることに間もなく気づく。

 猟期になれば、イノシシより先回りして、わなを仕掛ける。そうした日々のやりとりを通じて、「自然界の生き物は本当に律義に自分たちの習性に沿った生き方を貫いている」ことを実感する。そして「自分の周りにいろんな生き物が生活していることを知り、自分の暮らしを見直す」ようになる。

 先に、自分が浅薄だったと述べたのは、近隣の自然すら何も知らないでいたからだ。そのくせ、「今」だけを見て「増えた減った」と同調していた。著者が言うように、「シカやイノシシ対策をせずに農業を行うことができたこの百年」がむしろ特殊な時代だったのだろう。

 そんなことも知らず、「これからの時代を」などと威勢のいいことばかり言っていたのだ。

「野生動物の仲間に交ぜてもらいたい」。著者のこうした姿勢こそ、わが身に欠けているのではないか。そう捉えることができたとき、数メートル先にいたシカが恐怖でも捕獲の対象でもなく、「自分」なのだと思えてきた。(リトルモア 1600円+税)




【連載】京都発 ミシマの「本よみ手帖」

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    2度不倫の山本モナ 年商40億円社長と結婚&引退の次は…

  2. 2

    日本ハムFA松本剛の「巨人入り」に2つの重圧…来季V逸なら“戦犯”リスクまで背負うことに

  3. 3

    FNS歌謡祭“アイドルフェス化”の是非…FRUITS ZIPPER、CANDY TUNE登場も「特別感」はナゼなくなった?

  4. 4

    「ばけばけ」好演で株を上げた北川景子と“結婚”で失速気味の「ブギウギ」趣里の明暗クッキリ

  5. 5

    「存立危機事態」めぐり「台湾有事」に言及で日中対立激化…引くに引けない高市首相の自業自得

  1. 6

    阪神異例人事「和田元監督がヘッド就任」の舞台裏…藤川監督はコーチ陣に不満を募らせていた

  2. 7

    (2)「アルコールより危険な飲み物」とは…日本人の30%が脂肪肝

  3. 8

    西武・今井達也「今オフは何が何でもメジャーへ」…シーズン中からダダ洩れていた本音

  4. 9

    阪神・佐藤輝明にライバル球団は戦々恐々…甲子園でのGG初受賞にこれだけの価値

  5. 10

    高市政権の物価高対策はパクリばかりで“オリジナル”ゼロ…今さら「デフレ脱却宣言目指す」のア然