著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

公開日: 更新日:

 久々の登場だ。2010年11月刊の「篝火草」以来だから約5年ぶりか。すぐに読み始めた。

 元警視庁捜査1課の刑事、井出亮二は渋谷・道玄坂で軽食喫茶を経営しているが、副業で私立探偵の真似事をしている。ある日持ち込まれたのは、大手製薬会社の社長から5人の息子を捜してほしいという依頼。研修医時代に不妊患者に提供した精子から生まれた5人がどこかにいるというのだ。

 その人捜しがメーンになるのかというと、そうでもない。井出亮二が警察官を志すきっかけとなった昔の事件の関係者を見かけたところから話はズレていく。いや、ズレていくように見せかけているが、すべて確信犯だ。

 人捜しというのは基本的に単調な話だから、ここにとても入り組んだ昔の事件を持ってくるということだ。読書の興をそぐことになるので、その昔の事件がどういうものであるのかはここに書かない。2つの話をつなぐのは、親子とは何か、家族とは何かということだ。このモチーフが水面下を流れ続ける。

 相変わらずたっぷりと読ませてくれるが、海野碧の小説を読む喜びは、そういうストーリーにあるのではない。たとえば、井出亮二のところに別れた妻から電話が来る場面。この2人がどこで知り合い、どうして別れたのかはいっさい描かれない。しかしその電話のシーンは情感たっぷりだ。2人の間に横たわる歳月の、しんとした静けさを伝えてくる。(光文社 1800円+税)


【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    侍ジャパンに日韓戦への出場辞退相次ぐワケ…「今後さらに増える」の見立てまで

  2. 2

    大谷翔平は米国人から嫌われている?メディアに続き選手間投票でもMVP落選の謎解き

  3. 3

    阪神の日本シリーズ敗退は藤川監督の“自滅”だった…自軍にまで「情報隠し」で選手負担激増の本末転倒

  4. 4

    “新コメ大臣”鈴木憲和農相が早くも大炎上! 37万トン減産決定で生産者と消費者の分断加速

  5. 5

    侍J井端監督が仕掛ける巨人・岡本和真への「恩の取り立て」…メジャー組でも“代表選出”の深謀遠慮

  1. 6

    巨人が助っ人左腕ケイ争奪戦に殴り込み…メジャー含む“四つ巴”のマネーゲーム勃発へ

  2. 7

    藤川阪神で加速する恐怖政治…2コーチの退団、異動は“ケンカ別れ”だった

  3. 8

    支持率8割超でも選挙に勝てない「高市バブル」の落とし穴…保守王国の首長選で大差ボロ負けの異常事態

  4. 9

    大谷翔平の来春WBC「二刀流封印」に現実味…ドジャース首脳陣が危機感募らすワールドシリーズの深刻疲労

  5. 10

    和田アキ子が明かした「57年間給料制」の内訳と若手タレントたちが仰天した“特別待遇”列伝