北上次郎
著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

公開日: 更新日:

 2012年の秋に、角田光代がボクシング小説「空の拳」を書いたときには驚いた。ボクシング雑誌に配属された新米編集者・那波田空也の目を通して描かれるので、試合を見に行っても、パンチが見えないのだ。

 あまりにも速いから。ひゅんひゅん、という音だけがする。ガスン、パツンという肉を叩く音がする。選手の息づかいは聞こえる。飛び散る汗は見える。しかし、それだけ。アッパーが決まったんだと理解するのは、実際に目で見てから数秒後だ。

 これまでボクシング小説は数多く書かれてきたが、こういうボクシングシーンを読むのは初めてだった。驚いたのはそれがとてもリアルだったからである。

 あれから3年半。ようやく続編の登場だ。急いで書いておくが、内容的に続いているわけではないので厳密には続編ではない。前作を未読でも全然大丈夫なので手に取られたい。ボクシング雑誌は休刊し、空也は文芸部門に移動している。物語上でも3年たっているとの設定で、久々に鉄拳ボクシングジムを空也が訪ねるところから今回の幕が開く。

 ボクサーのパンチの速さに空也の目がついていけないのは前作と同じだ。すとんと相手ボクサーが沈むので、「えっ、何があったの?」とびっくりする。まるで暗闇でライトを当てられたときのように、理解できる瞬間だけがぱっぱっと浮かび上がる。このリアルなボクシングシーンを今回も堪能されたい。(文藝春秋 2200円+税)



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