五輪エンブレム炎上騒動の冷静すぎる分析

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「だからデザイナーは炎上する」藤本貴之著/中公新書ラクレ/780円+税

 昨年夏に発生した「東京五輪エンブレム騒動」を題材として、「デザイン」「パクリ」「業界の閉鎖体質」などに切り込むほか、デザイナーの役割を描く書である。著者の文章には、すっかり多くの人々からうさんくさい業界だと思われてしまったデザイン業界への憂慮がにじみ出ている。

 昨年夏、この問題について多くの広告及びデザイン業界関係者は口をつぐんだ。日頃は自身の仕事をアピールしたがるのに、メディアの取材にはだんまりを決め込んだのだ。著者はデザイナーにして、東洋大学総合情報学部准教授である。この問題については当時から意見を発していたと本書では記している。

 そして、著者が一貫して主張するのはオリンピックというものが本来は選手のためのものであり、世界中の人々から支持されるものであれ、という考え方だ。エンブレムはあくまでも主役たりえないし、支持されないエンブレムを見続けることが果たして幸せか? といったところを指摘する。

 私が著者の考えでたいへん共感するのが「芸術家」と「デザイナー」の違いである。多くのデザイナーは基本的にはクライアントから与えられた「伝わる」デザインを作ることが求められる。昨今デザイナーのことを「芸術家」ないしは「クリエーター」扱いする傾向にあるが、著者はあくまでもデザイナーは職人的であるべきだと考えており、クライアントの要望に従って腕を振るう技術者たれと考えている。

〈「どこかで見たことがあるアレ」のようなものを優れた技術で製作することが、デザイナーに求められる能力である。クライアントに喜ばれつつ、しかも、公表してもトラブルにはならないように作る技術が一定の評価を受けるのは事実である〉

〈自分のセンスに基づいて、「この作品は『赤』ではなく『青』」と譲らない人がいるならば、彼らはデザイナーではなく、やはり芸術家なのである〉

 また、「パクリ」問題が発生するか否かについては、「リスペクト」があるかないかが重要だと説明。宮崎駿監督の「天空の城ラピュタ」は、「ガリバー旅行記」と諸星大二郎氏の漫画作品「マッドメン」の要素が含まれているが、いずれもリスペクトをもって表現しているだけに問題は発生していないという。

 パクリを指摘したベルギーのデザイナーにどう対応すべきだったかも含め、業界の発展を本気で考える人物による書である。★★

(選者・中川淳一郎)

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