著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「天下一の軽口男」木下昌輝著

公開日: 更新日:

 上方落語の始祖にして、日本初のお笑い芸人である米沢彦八の波乱に富んだ半生を描く長編小説である。

 江戸時代中期に、首にかけた台の上で人形芝居をする傀儡師(くぐつし)、穴の開いた籠を横にして飛び抜ける籠抜け、砂で絵や文字を描く砂文字、太平記や三国志を読む講釈師など、そういう辻芸人はいたけれど、「人笑わして、銭もらうねん」と彦八が言うと、「笑いで銭稼ぐなんて、無理や」と言われるほど、滑稽話が職業として確立していなかった。

 笑い話がなかったわけではない。僧侶が説話の合間に滑稽な話をする場合もあった。しかしそれは、真面目な話ばかりでは退屈してしまうので息抜きに行うもので、それが主体ではない。そういう時代に米沢彦八は生まれ、お笑い芸人を目指すのである。

 どんな分野でも最初の開拓者は苦労する。徐々に滑稽話が職業として確立するようになっても、彦八の真似をする者が現れて邪魔されたり、大名を皮肉るとそれを怒った武士に狙われたりもするから大変だ。さらに、彦八には笑いを大衆のものにしたいという考えがあるので、大商人に料亭に呼ばれて一部の金持ちだけに滑稽話をするような傾向には断固反対。そういう波乱に満ちた半生が活写されていく。

 2014年に「宇喜多の捨て嫁」(直木賞候補)で単行本デビューしたばかりの新人作家だが、この筆力は将来が楽しみである。(幻冬舎 1700円+税)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ドジャース佐々木朗希に向けられる“疑いの目”…逃げ癖ついたロッテ時代はチーム内で信頼されず

  2. 2

    ドジャース佐々木朗希の離脱は「オオカミ少年」の自業自得…ロッテ時代から繰り返した悪癖のツケ

  3. 3

    注目集まる「キャスター」後の永野芽郁の俳優人生…テレビ局が起用しづらい「業界内の暗黙ルール」とは

  4. 4

    柳田悠岐の戦線復帰に球団内外で「微妙な温度差」…ソフトBは決して歓迎ムードだけじゃない

  5. 5

    女子学院から東大文Ⅲに進んだ膳場貴子が“進振り”で医学部を目指したナゾ

  1. 6

    大阪万博“唯一の目玉”水上ショーもはや再開不能…レジオネラ菌が指針値の20倍から約50倍に!

  2. 7

    ローラの「田植え」素足だけでないもう1つのトバッチリ…“パソナ案件”ジローラモと同列扱いに

  3. 8

    ヤクルト高津監督「途中休養Xデー」が話題だが…球団関係者から聞こえる「意外な展望」

  4. 9

    “貧弱”佐々木朗希は今季絶望まである…右肩痛は原因不明でお手上げ、引退に追い込まれるケースも

  5. 10

    備蓄米報道でも連日登場…スーパー「アキダイ」はなぜテレビ局から重宝される?