著者のコラム一覧
野田康文近代文学研究者

1970年、佐賀県生まれ。著書に「大岡昇平の創作方法」。「KAWADE道の手帖 吉田健一」「エオンタ/自然の子供 金井美恵子自選短篇集」などの論考や解説も手掛ける。

後世の目を意識すれば“目先の利害”の恥に目が覚める

公開日: 更新日:

「李陵・山月記・弟子・名人伝」中島敦著

 高校教科書の定番作品「山月記」で知られる中島敦。中国の古典を題材とした小説は漢語が多く、一見とっつきにくいが、短編でテーマも明快、歯ごたえのある自分探しといった趣があり、読み始めたらついはまってしまう。孔子と熱血漢の一番弟子・子路との師弟関係を描いた「弟子」はそうした傑作の一つだ。

 武芸に秀で、義侠心にあつい青年・子路は、孔子に出会い、その人間の大きさに圧倒され弟子となる。以来、孔子に対して生涯変わらぬ敬愛の情を持ち続けるが、師の教えで心から納得できないものには、遠慮なく反問する。

 考え方の相違はあれど、互いの価値を認め合う師弟。孔子に従っての長年の放浪の末、子路は政情不安定な衛の国に仕えることになるが、孔子の助言に従ってこれを見事に治める。しかしその後、衛に政変が勃発し、老年・子路は無謀にも「義」のために単身鎮圧に乗り込み、全身切り刻まれて壮絶な最期を遂げる。

 孔子の道を実行に移してくれる諸侯を求めて放浪の旅に出た当初、子路は師のあまりにも不遇な運命に天を恨むが、放浪の年を重ねるうちに、不思議に苛立たなくなっていく。

 それは彼が、師の「いかなる場合にも絶望せず、決して現実を軽蔑せず、与えられた範囲で常に最善を尽くす」という知恵や「常に後世の人に見られていることを意識しているような」立ち居振る舞いに、孔子という存在の大きな意味、一時代に限られない使命をつかみとっていったからだ。

 そしてそれは子路の、利害を抜きにした師に対する純粋な愛情ゆえに気づくことができたという。

 人は自分のいなくなった後の未来のために行動することは難しい。つい目先の利害にとらわれ、またそれがかないそうにないと、どうせ何も変わらないと現実を軽蔑しがちだ。しかし後世(未来)の人の目を常に意識すれば、自分の行動が恥ずかしくないようにと、自然と背筋も伸びるというものではあるまいか。例えば今日の選挙の投票もまたしかり、である。(KADOKAWA 476円+税 )

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    DeNA三浦監督まさかの退団劇の舞台裏 フロントの現場介入にウンザリ、「よく5年も我慢」の声

  2. 2

    日本ハムが新庄監督の権限剥奪 フロント主導に逆戻りで有原航平・西川遥輝の獲得にも沈黙中

  3. 3

    佳子さま31歳の誕生日直前に飛び出した“婚約報道” 結婚を巡る「葛藤」の中身

  4. 4

    国分太一「人権救済申し立て」“却下”でテレビ復帰は絶望的に…「松岡のちゃんねる」に一縷の望みも険しすぎる今後

  5. 5

    白鵬のつくづくトホホな短慮ぶり 相撲協会は本気で「宮城野部屋再興」を考えていた 

  1. 6

    藤川阪神の日本シリーズ敗戦の内幕 「こんなチームでは勝てませんよ!」会議室で怒声が響いた

  2. 7

    未成年の少女を複数回自宅に呼び出していたSKY-HIの「年内活動辞退」に疑問噴出…「1週間もない」と関係者批判

  3. 8

    清原和博 夜の「ご乱行」3連発(00年~05年)…キャンプ中の夜遊び、女遊び、無断外泊は恒例行事だった

  4. 9

    「嵐」紅白出演ナシ&“解散ライブに暗雲”でもビクともしない「余裕のメンバー」はこの人だ!

  5. 10

    武田鉄矢「水戸黄門」が7年ぶり2時間SPで復活! 一行が目指すは輪島・金沢